第35話 評判が広がる②
物静かな青年が紹介してくれたパーティから依頼が入った。
それをきっかけに、創のもとへ少しずつ問い合わせが増え始めた。
最初は、一日に一件あるかどうかだった。
だが――
一週間後。
「――マスター、本日の依頼状況を報告します」
朝、工房で準備をしていると、ノアが淡々と告げた。
「新規問い合わせ、五件。そのうち三件は正式依頼へ移行しています」
「……五件」
創は思わず手を止めた。
「先週までとは、えらい違いだな」
「はい。凛様のパーティでの実績が、探索者間で共有されているようです」
創は嬉しさを感じた。
だが同時に、胸の奥に小さな不安も生まれていた。
評判が広がる。
それはつまり、期待されるということだ。
「……全部、ちゃんと応えられるかな」
『マスター』
「いや、弱音じゃない。ただ……」
創は工房に並ぶゴーレムを見る。
「今までは、目の前の相手だけを見ればよかった。でも、これからは違う」
『事業として考える必要があります』
「そういうことだな」
その日から、創の生活は大きく変わった。
午前中は凛のパーティへの同行。
午後は新規依頼者への説明。
夜は、ゴーレムの整備と改良。
以前なら楽しいだけだった作業が、少しずつ責任を伴うものへ変わっていった。
「――指示は、なるべく短い言葉でお願いします」
「なるほど……普通のゴーレムとは違うんだな」
「はい。ただ、慣れれば誰でも扱えるように作っています」
依頼者の反応は様々だった。
疑う者。
興味を持つ者。
最初から期待している者。
だが、実際にゴーレムが動く姿を見ると、多くの人は表情を変えた。
「……本当に、人が操作しているみたいだな」
ある中年の探索者が、感心したように呟いた。
「昔使ったゴーレムは、命令しても融通が利かなかった。それで仲間が苦労してな」
その言葉に、創は少し複雑な気持ちになった。
ゴーレムへの不信。
それを持っている人は、まだ多い。
だからこそ――
「安心して使えるものにしたいんです」
創は、自然とそう答えていた。
工房へ戻る頃には、外はすっかり暗くなっていた。
「――ノア」
作業台の上には、収支記録が広がっている。
「今月の状況は?」
『収益は先月比で約二倍です』
「二倍……」
数字だけを見れば、順調だった。
しかし、創は素直に喜びきれなかった。
「ゴーレムの数が足りなくなるな」
『はい』
「俺一人で整備して、説明して、現場にも出る。今はできる。でも……」
『限界は近づいています』
ノアが珍しく、少し間を置いて答えた。
『事業規模に対して、マスター一人の負担が大きくなっています』
創は苦笑した。
「やっぱり、そこか」
その日の夕方。
ギルドで凛と会った。
「――忙しそうだな」
「おかげさまで」
創は笑う。
「凛さんのおかげです」
「私は、事実を言っただけだ」
凛は視線を逸らした。
「でも……」
少し間を置く。
「気をつけろ」
「何をですか」
「目立つほど、面倒も増える」
凛の表情は真剣だった。
「探索者は実力を見る。だが、中には変化を嫌う奴もいる」
創は、その言葉を胸に刻んだ。
「分かりました」
帰り際。
創は、ギルド掲示板の隅に、一枚の紙が貼られていることに気付いた。
**『ゴーレム貸与サービス利用時の注意について』**
内容だけを見るなら、一般的な安全注意だった。
しかし――
「ノア」
『はい』
「これ、いつ貼られた?」
『今朝です』
創は紙を見つめる。
偶然かもしれない。
ただの注意喚起かもしれない。
それでも、なぜか胸の奥に引っかかった。
ゴーレムを信頼される存在に変える。
その道は、思っていたより簡単ではないのかもしれない。
創は、静かに掲示板から目を離した。
そしてまだ知らなかった。
この一枚の紙が、これから始まる新しい問題の入口になることを。
第35話、お読みいただきありがとうございます。
評判の広がりとともに、依頼も、忙しさも、確かに増えていきました。
それでも、ラストに見つけたあの一枚の紙。何かが静かに動き始めている、そんな予感を感じていただけたら嬉しいです。
次話をどうぞお楽しみに。




