第34話 評判が広がる①
「――今日から、また頼む」
翌朝、いつものようにギルド前で合流すると、凛は短くそう言った。
以前なら、それだけで終わっていた。
だが今は、創も少しだけ自然に返事ができるようになっていた。
「はい。よろしくお願いします」
「……それと」
凛は、ちらりとゴーレムを見る。
「改良したんだろ」
「分かりますか」
「分かる」
即答だった。
「前の動きと比べれば、一目で分かる」
創は少し驚いた。
「そこまで見ていたんですね」
「当たり前だろ。命を預けるかもしれないものを見るんだから」
その言葉に、創は改めて気を引き締めた。
今日の依頼は、中層入り口付近にある採掘ポイントへの荷物運搬。
道中には、以前失敗した階段状の地形が含まれている。
「――行きます」
創の指示に合わせ、二体のゴーレムが動き出した。
以前なら、片方がわずかに遅れ、動きにズレが生じていた場所。
しかし――
二体は、まるで一つの生き物のように、同じ速度で階段を上っていく。
凛は黙ったまま、その動きを見ていた。
しばらくして、小さく呟く。
「……直したんだな」
「はい」
「前に言ったところ」
「はい。あの指摘がなければ、気付けませんでした」
凛は少しだけ視線を逸らした。
「……そういうところ、真面目すぎるな」
「褒め言葉ですか?」
「知らない」
そう答えながらも、以前のような拒絶の色はなかった。
依頼は、問題なく終了した。
荷物の破損なし。
予定時間よりも早い完了。
それでも創は、満足する前にゴーレムの状態を確認していた。
「まだ少し、旋回時に余裕を持たせられるかもしれないな」
「終わった後まで改良のこと考えてるのか」
凛が呆れたように言う。
「癖みたいなものです」
「……まあ、悪い癖ではないか」
その時だった。
「凛さん」
パーティメンバーの一人が声をかけてきた。
物静かな青年だった。
「あのゴーレムのことなんですが」
「何だ」
「うちの知り合いのパーティが、人手不足で困っていて……」
青年は少し迷ってから続けた。
「紹介しても、大丈夫ですか」
創は一瞬、言葉が出なかった。
「……もちろんです」
ようやく、それだけ答える。
青年は頷き、連絡先を書いた紙を受け取った。
その様子を、凛は少し離れた場所から見ていた。
「……広がるかもな」
「え?」
「いや、何でもない」
数日後。
創はギルドの食堂で昼食を取っていた。
すると、近くの席から声が聞こえてきた。
「なあ、最近聞いたか?」
「何を?」
「凛のところが使ってるゴーレムだよ」
「……ああ。変わったゴーレム使ってるってやつか」
「変わってるどころじゃないらしいぞ。二体同時に動かしても、ほとんどズレないって」
創は、思わず箸を止めた。
以前なら、ゴーレムについて聞こえてくる話は決まっていた。
危険。
信用できない。
使えない。
だが、今聞こえてくる言葉は違った。
「――試してみる価値はあるかもな」
その一言が、妙に胸に残った。
『マスター』
ノアの声が響く。
『口コミによる認知拡大を確認しました』
「……口コミ、か」
『はい。ただし、予想より少し早いです』
「ノアでも予想外なんだな」
『現場で実際に使用した探索者同士の信頼関係が、想定以上に影響しているようです』
創は、食堂の喧騒を聞きながら、小さく息を吐いた。
嬉しい。
確かに嬉しい。
だが同時に、少し怖さもあった。
名前が広がるということは、それだけ期待されるということだ。
次に借りる人は、凛のように待ってはくれないかもしれない。
「――もっと良いものにしないとな」
『はい』
ノアが静かに答える。
『それが、マスターらしいと思います』
創は、少し笑った。
評判は、まだ小さな波に過ぎない。
それでも、その波は確かに、次の場所へ向かって広がり始めていた。
第34話、お読みいただきありがとうございます。
積み重ねてきた改良の成果を、凛さん自身に確かめてもらえた回でした。
小さな評判の波が、少しずつ広がり始めています。
次話でも、その広がりは続いていきます。




