第32話 実戦データ
一週間分の野帳が、工房の作業台に積み上がっていた。
「――そろそろ、まとめて見返すか」
『はい。単発の記録だけでは見えない傾向が、そろそろ浮かび上がってくる頃かと思います』
創は、書き溜めたページを一枚ずつめくっていった。
急斜面での重心補正の遅れ。
荷重の偏りによる旋回時のブレ。
長時間稼働時の魔力効率の低下。
日によって書かれている内容はまちまちだったが、ノアが整理すると、そこにはいくつかの明確な傾向が浮かび上がってきた。
『集計結果です。まず、重心補正の遅れは、傾斜二十度以上の地形で発生率が急激に上がっています。二十度未満では、ほぼ問題は発生していません』
「――閾値がある、ってことか」
『はい。補正処理の反応速度が、地形条件によって限界値を迎えている可能性があります』
創は腕を組んだ。
「じゃあ、その閾値を超えた時だけ補正を強くすればいいのか」
『単純な強化では、別の問題が発生する可能性があります。反応を過敏にすると、今度は小さな凹凸にも不要な補正が入り、動作効率が低下します』
「――バランスの問題、か」
『はい』
ノアは一瞬間を置いた。
『もう一点、興味深い傾向があります』
「何だ?」
『荷重の偏りによる旋回時のブレですが、発生頻度が高いのは午後の稼働時間帯に集中しています』
「――時間帯?」
『はい。午前中の記録では、ほとんど確認されていません』
創は、しばらく考え込んだ。
「――魔力消費と関係してるんじゃないか。長時間動かすほど、制御に使える余裕が減っているとか」
『――その可能性は高いと思われます』
ノアの返答速度が、わずかに早くなった。
『魔力残量と制御精度の相関について、追加検証を行います』
創は、野帳の別のページへ視線を移した。
そこには、凛の文字らしき書き込みがあった。
「――これ、凛さんが書いたのか」
『はい。マスターとは異なる視点から、いくつかの指摘をいただいていました』
そこには、こう書かれていた。
『階段状の場所では、後ろのゴーレムが前の動きについていけていない。複数で動かすなら、ここは直した方がいい』
創は、思わず苦笑した。
「――厳しいな、相変わらず」
『ですが、的確な指摘です。複数体連携時の反応遅延は、私も重要課題として認識できていませんでした』
「――なるほどな」
創は、集まったデータを一覧へ整理していく。
重心補正の閾値問題。
魔力残量と制御精度の相関。
複数体連携時の反応遅延。
一つ一つは、地道な検証を続けなければ見つからない、小さな問題だった。
だが、こうして現場の情報を集め、分析することで、次に何を改善すべきなのかが明確になる。
「――よし」
創は、まとめ終えた資料を見つめ、拳を握った。
「これで、次の改良の方向性が見えたな」
『はい。優先順位を設定するなら、第一に重心補正の閾値対応。第二に魔力残量に応じた制御最適化。第三に複数体連携の精度向上が妥当です』
「――さすがだな」
『マスターが現場で集めてくださったデータがあってこそです』
創は、積み上がった野帳を収納へしまった。
現場で拾った小さな違和感が、こうして確かな改良の道筋へ変わっていく。
派手な成果ではない。
だが、この積み重ねこそが、誰でも安心して使えるゴーレムを作るために必要なものだった。
一体のゴーレムを完璧にするだけではない。
誰が使っても、同じように信頼できるものへ近づけていく。
それこそが、創が目指すゴーレム事業の土台になる。
「――さて」
創は作業台へ向き直った。
「次は、実際に手を動かす番だな」
工房の明かりの下、改良の日々がまた始まった。
第32話、お読みいただきありがとうございます。
現場で拾った小さな気づきが、一つの明確な傾向として姿を現していく回でした。
「誰が使っても、同じように信頼できるものへ」という言葉に、この先も一貫する事業の軸を感じていただけたら嬉しいです。
次話では、いよいよ実際の改良作業が始まります。




