第31話 現場改善開始
凛の依頼を正式に受けてから、一週間が経った。
創は、毎朝のようにギルドへ通っていた。
「――今日も、頼む」
「はい。よろしくお願いします」
ギルド前で挨拶を交わし、創は二体のゴーレムを連れて凛のパーティに加わる。
最初の依頼を無事に終えてからというもの、凛は少しずつ依頼の内容を増やしていった。
荷物運搬だけではない。
採取作業の補助。
野営時の見張り。
狭い坑道での荷物の移動。
どれも派手な仕事ではない。
だが、創にとっては、その一つ一つが貴重な実験だった。
ゴーレムが実際の現場でどう動くのか。
どんな場所で、どんな癖が出るのか。
工房の模擬地形だけでは分からないことが、少しずつ見えてきていた。
そして、毎日のように凛と顔を合わせるうちに、創には一つ気になっていることがあった。
ノアの存在だ。
今まで、ノアが話しかけてくるたびに「独り言」で誤魔化してきた。
だが、さすがに限界だった。
出発前。
凛のパーティが準備を終えるのを待ちながら、創は意を決して口を開いた。
「――凛さん」
「ん?」
「前に、俺が独り言を言ってるのを変に思ったこと、ありましたよね」
凛が眉を上げる。
「ああ。何度かあったな」
「やっぱり……」
「誰かと話してるみたいだった」
創は苦笑した。
「実は、あれ。独り言じゃないんです」
「――どういう意味だ?」
創は、一度だけ周囲を見回した。
人の少ない時間帯とはいえ、ここで話す内容ではない。
「ちょっと説明します」
創は収納へ意識を向ける。
「俺の相棒を紹介します」
『――お初にお目にかかります。ノアと申します』
凛の目が丸くなった。
「……今の声」
「ノアです」
「どこから聞こえた?」
「俺の中、というか……正確には、スマホをゴーレム化した結果、そこに人格が宿ったんです」
数秒、沈黙が続いた。
凛は創の顔をじっと見た。
「――スマホに、人格?」
「はい」
「……なるほど」
「信じてもらえます?」
「信じるも何も」
凛は、二体のゴーレムへ視線を向けた。
「前からおかしいとは思ってた」
「おかしい?」
「ゴーレム二体を同時に動かしてるのに、動きにほとんどズレがない。状況が変わっても反応が早い。普通のゴーレム使いじゃ、あんな動きは難しいだろ」
「……見てたんですね」
「私は探索者だぞ」
凛は、少しだけ得意そうに鼻を鳴らした。
「変なところを見逃すほど鈍くない」
創は思わず笑った。
「じゃあ、今までずっと気づいてたんですか」
「確信はなかった。だから聞かなかっただけだ」
「なるほど……」
『――凛様の観察力には、私も感服しました』
「ノア、そういうこと言うと、余計に恥ずかしいだろ」
「……今のもノアか?」
「はい」
凛は、少し考えてからゴーレムを見る。
「……便利な相棒だな」
「俺もそう思ってます」
『ありがとうございます、マスター』
凛の口元が、ほんの少し緩んだ。
「――ただし」
「はい?」
「その話、あまり他人にはしない方がいい」
凛の表情が、わずかに真剣になる。
「スマホに人格が宿ったなんて話、珍しいなんてもんじゃない。面白半分で近づいてくる奴もいるだろうし、利用しようとする奴が出てきてもおかしくない」
創は、その言葉を聞いて表情を引き締めた。
「……分かりました」
「私が聞かなかったことにしておく」
「ありがとうございます」
「礼はいい」
凛は前を向いた。
「その代わり、ちゃんと仕事してもらうぞ」
「もちろんです」
『ご期待ください』
「……こいつ、本当に喋るんだな」
凛が小さく呟き、創は思わず笑った。
こうして凛は、創とノアの秘密を知る数少ない人物の一人になった。
その日の探索でも、創はゴーレムの動きを細かく観察していた。
『段差への進入角度、荷重の分散、旋回時の反応速度。すべて記録しています』
(頼むぞ)
創が心の中で返した、その直後だった。
ゴーレムの足元で、小さな岩が崩れた。
「――っ」
身体が傾く。
創は反射的に指示を飛ばした。
「右脚、半歩下げろ!」
ゴーレムが即座に反応する。
傾いた身体を戻し、そのまま姿勢を維持した。
「……今の」
凛が足を止めた。
「危なかったんじゃないか?」
「大丈夫です。想定内の揺れです」
「想定内?」
「はい。こういう足場なら、多少は崩れると思ってました」
凛はゴーレムを見た。
「……ずいぶん余裕が出てきたな」
「前に失敗したので」
創は苦笑する。
「同じことは、なるべく繰り返したくないですから」
凛は何も言わなかった。
ただ、歩き出す前に、ゴーレムの足元をもう一度確認した。
「――なら、次も頼む」
「はい」
その後の探索は順調だった。
休憩に入ると、創は野帳を取り出した。
今日気になった点を書き込んでいく。
・急斜面で、補正がわずかに遅れる
・荷物が偏ると、旋回時に外側へ流れる
・長時間稼働すると、魔力効率が落ちる
書き終えたところで、凛が横から覗き込んだ。
「何を書いてる?」
「今日の記録です」
「そんな細かいところまで?」
「次の改良に使うので」
創は野帳を見せた。
「工房で動かしてるだけじゃ、分からないことが結構ありますから」
凛はしばらくページを眺めた。
「……なるほどな」
「何か変ですか?」
「いや」
凛は野帳を返した。
「そこまでやる奴だとは思ってなかった」
「褒めてます?」
「どうだろうな」
凛は立ち上がった。
「そろそろ行くぞ」
「はい」
その日の依頼は、大きな問題もなく終わった。
荷物運搬も、採取の補助も、野営時の見張りも、ゴーレムは問題なくこなした。
だが、工房へ戻った創は、すぐに野帳を開いた。
「――今日も、結構あるな」
『はい。現場で得られた情報は、非常に有用です』
「凛さんには、頭が上がらないな」
『同感です』
創は今日の記録をノアと照らし合わせる。
急斜面。
荷重の偏り。
長時間稼働。
どれも一度だけなら、たいした問題ではない。
だが、何日分も並べてみれば、何か見えてくるかもしれない。
「――ノア」
『はい』
「今までの記録、まとめておいてくれ」
『承知しました。傾向が見える程度のデータが集まりましたら、分析を行います』
「頼む」
創は野帳を閉じた。
「明日も、現場だな」
『はい』
「……忙しくなってきたな」
『マスターが望んでいた状況ではありませんか?』
「まあな」
創は笑った。
最初は、一件の依頼を取ることさえ難しかった。
今は、現場へ出れば、次の改良につながる材料が手に入る。
その変化が、少しだけ嬉しかった。
ただ――。
創は机の上に積み上がった野帳を見た。
「……これ、いつまで続くんだろうな」
『データが増える限り、続くかと思われます』
「そこは励ましてくれよ」
『申し訳ありません。事実を申し上げました』
「……お前らしいよ」
創は苦笑しながら、明日の準備を始めた。
まだ答えは出ていない。
けれど、現場で拾った小さな違和感は、少しずつ形を持ち始めていた。
そして数日後。
その記録の中から、創たちが見落としていた「傾向」が、はっきりと姿を現すことになる。
第31話、お読みいただきありがとうございます。
凛さんとの継続的な協力関係が始まり、現場でしか見えない小さな違和感を、一つ一つ拾い集めていく回でした。
地味な作業に見えて、実はこれが、この先の大きな改良に繋がっていきます。
次話では、その積み重ねが、いよいよデータとして形になります。




