第30話 初成功
それから三日間、創は工房に籠もりきりだった。
重心制御の見直し。荷重分布の再設計。急停止時の姿勢保持――一つ一つ、地道に潰していく。
「――どうだ、これで」
『試算上は、前回の問題点はクリアしています。ただ、実地での確認が必要です』
「だよな」
創は、収納から改良したゴーレムを呼び出し、瓦礫を模した障害物の上で、何度も同じ動作を繰り返させた。急停止、重心移動、荷物の再調整。数えきれないほどの反復の末、動きに迷いがなくなっていくのが分かった。
四日目の朝、創は再び廃坑エリアへと足を運んだ。
「――来たか」
凛は、既に待っていた。表情は硬いままだったが、その目には、以前とは違う色が浮かんでいるような気がした。
「条件は、前回と同じ」
「はい」
「今度は、手加減しない。むしろ、少し厳しくする」
「望むところです」
創は、二体のゴーレムを呼び出した。改良を重ねた足取りで、瓦礫地帯へと進ませる。
「――行きます」
不整地を、危なげなく進んでいく。時折足場が崩れても、瞬時に重心を調整し、体勢を保つ。
「止まれ」
凛の指示に、創は即座に反応した。二体のゴーレムが、寸分の狂いもなく同時に静止する。
「――前に進め。ただし、右のルートから」
急な変更にも、ゴーレムは滞りなく応じた。
そして、あの日と同じように、離れた茂みから低い唸り声が響いた。
創の心臓が、大きく跳ねる。だが今度は、慌てなかった。
「――止まれ。荷物、しっかり支えろ」
冷静な声で指示を出す。
急停止した瞬間、荷物がわずかに前へ揺れた。創の胸が締め付けられる。
だが次の瞬間、改良した重心制御が働いた。ゴーレムは僅かに姿勢を沈め、荷物を抱え直すように重心を調整する。
揺れはそこで収まり、二体は完全に静止した。
モンスターの気配が遠ざかるまで、その姿勢は最後まで崩れなかった。
「――終わり、です」
創は、額の汗を拭いながら、そう告げた。
凛は、しばらく無言のまま、二体のゴーレムを見つめていた。
「……荷物、確認する」
彼女は歩み寄り、木箱の中身を丁寧に検めた。破損はない。重心のずれも、姿勢の乱れも、どこにも見当たらなかった。
凛は小さく息を吐いた。
「……合格」
短く、それだけ言った。
「今度の依頼、正式に頼む」
創は、思わず拳を握った。
「――ありがとうございます!」
「礼はいい。当然の結果を、当然に出しただけ」
そう言いながらも、凛の口元には、微かな緩みがあった。
『マスター、おめでとうございます』
頭の中に響くノアの声にも、確かな喜びが滲んでいた。
「――やったな、ノア」
「誰と喋ってる?」
凛が、怪訝な顔でこちらを見ていた。
「あ、いや、その、独り言です」
「変な奴」
呆れたような口調だったが、そこに刺々しさはなかった。
緊張が一気に解けた。
このまま別れるのは、少し惜しい。
創は思い切って口を開いた。
「せっかくなので、この後、お祝いに何か食べに行きませんか。奢ります」
「――は?」
凛は、明らかに戸惑った顔をした。
「そういうの、慣れてないんだけど」
「俺もです。だから、ちょうどいいかと」
しばしの沈黙の後、凛は小さくため息をついた。
「……安い店で」
「もちろん」
ギルド近くの定食屋で、二人は向かい合って座った。
「――で、何にする」
「俺は、日替わり定食で」
「じゃあ、私も同じの」
注文を終えると、気まずいような、それでいてどこか温かいような、不思議な沈黙が流れた。
「――あの」
創が口を開きかけたところで、頭の中にノアの声が響いた。
『マスター、失礼します。私にも感想があります』
(――感想って、お前も食えないだろ)
思わず、心の中で突っ込む。
「――どうかした?」
凛が、不思議そうな顔をした。
「あ、いえ、何でも」
創は、慌てて誤魔化した。
『少々残念です。ですが、次の機会を楽しみにしています』
(感想て、何もしてなかっただろお前……)
心の中の掛け合いに、創は思わず小さく吹き出した。
「――何、笑ってんの」
「いえ、その……何でもないです」
凛は、怪訝な顔をしながらも、それ以上は追及しなかった。
やがて運ばれてきた定食を前に、二人は、ぎこちなくも、確かな空気の変化を感じながら、食事を始めた。
信頼は、一日で生まれるものではない。
だが、一つ一つ積み重ねた先にしか、本当の信頼は存在しない。
創は、その最初の一歩を、確かに踏み出していた。
第30話、お読みいただきありがとうございます。
これで、第五章が一区切りです。
「信頼は、一日で生まれるものではない。だが、一つ一つ積み重ねた先にしか、本当の信頼は存在しない」
その言葉通りの、地道な一歩を描いた回でした。
次章からも、新しい仲間や課題が、次々と待っています。どうぞ、引き続きお楽しみください。




