第29話 凛の過去
失敗の翌日も、創は工房に籠もり、重心制御の改良を続けていた。
『マスター、少し休憩を』
「もう少しだけ」
手を止めずに答える創に、ノアはそれ以上は言わなかった。
その日の夕方、創はギルドへ足を運んだ。昨日の失敗を踏まえ、改良が進んだことを伝え、もう一度だけテストの機会をもらえないか相談するつもりだった。会える保証はなかったが、それでも行動しなければ何も始まらないと思った。
だが、受付の前で、思いがけない相手と鉢合わせた。
「――あんた」
凛だった。心なしか、昨日よりも表情が硬い。
「あの、昨日は――」
「いい。それより」
凛は、辺りを見回してから、小さく声を落とした。
「少し、時間あるか」
創は、意外な申し出に戸惑いながらも頷いた。
ギルドの隅にある、人気の少ない休憩スペース。
凛は椅子に腰掛けたまま、しばらく何も言わなかった。
視線は机の上に落ちたまま、小さく息を吐く。
何度か口を開きかけては閉じる。その様子は、何かを話すべきか迷っているようにも見えた。
やがて凛は、ゆっくりと口を開く。
「――謝る気は、ない」
やがて、凛はそう切り出した。
「昨日のことは、私が正しい。あの状況で、あの失敗は、現場じゃ命取りになる」
「はい、それは」
「ただ」
凛は、創の言葉を遮った。
「あんたが、あそこまで本気だった理由が、少し気になった」
「――理由、ですか」
「普通、あそこまで言われたら、諦める。それとも、他の客を探す。なのに、あんたは『何度でもやる』なんて言った」
創は、少し面食らった。あの日の自分の言葉を、まさか覚えていられているとは思っていなかった。
「――駄目な理由だけじゃ、意味がないと思ったので」
「……そう」
凛は、しばらく視線を落としたまま、何かを考えているようだった。
「――私も、昔は違った」
ぽつりと、そう漏らした。
「ゴーレムを、嫌ってたわけじゃない」
「――昔は」
「三年前。私が、まだBランクになったばかりの頃」
凛の声は、いつもより静かだった。
「パーティに、荷物持ち兼護衛のゴーレムを雇ってた。安いところで手配した、量産品の代物。それでも、それなりに役には立ってた」
創は、黙って耳を傾けた。
「――ある日、深層に近い場所で、モンスターの群れに囲まれた。予定外の遭遇だった。パーティのリーダーが、ゴーレムに前線を支えるよう指示を出した」
凛の拳が、わずかに強く握られた。
「そのゴーレムが、突然、指示と違う動きをした」
誤作動だった。
原因は最後まで分からなかった。
粗悪な制御だったのか、整備不足だったのか、それとも別の要因だったのか。
今でも答えは出ていない。
「――それで」
「前衛にいた仲間が、庇う形で巻き込まれた。全治半年の大怪我」
凛は、感情を押し殺したような声で続けた。
「その人、探索者を辞めた。今は、別の仕事をしてる」
沈黙が、二人の間に落ちた。
「――私は、何もできなかった。すぐ近くにいたのに」
「……」
「ゴーレムが悪いのか、業者が悪いのか、それとも、油断していた自分たちが悪いのか。今でも、はっきりとは分からない。ただ――」
凛は、ようやく創の顔を見た。
「それ以来、ゴーレムを信じられなくなった。どれだけ性能を語られても、結局、あの日みたいなことが起きないとは言い切れない」
創は、静かに言葉を選んだ。
「――そう、ですよね」
安易な同情も、根拠のない保証も、口にするべきではないと感じた。
「昨日、あんたのゴーレムが崩れたとき」
凛は、続けた。
「正直、あの日のことが、頭をよぎった」
「――申し訳ありません」
「謝るな」
凛は静かに続けた。
「昨日のお前は、言い訳をしなかった。失敗した瞬間に原因を探して、『もう一度やらせてくれ』と言った」
「ああいう奴は、意外と少ない」
「だから……本気なんだろうとは思った」
凛は、小さく息を吐いた。
「あんたが、あの失敗をどう扱うのか。それを、もう少しだけ見てみたいと思った。それだけ」
創は、その言葉を、じっと胸に刻んだ。
「――次は、必ず。同じ失敗はしません」
「言葉だけなら、誰でも言える」
「それでも、言います。証明するまで、何度でも」
凛は、わずかに目を細めた。それが、微笑みなのか、それとも別の感情なのか、創には判別がつかなかった。
「――次の機会は、そう遠くない」
凛はそう言って、席を立った。
「あんたの改良、期待せずに待ってる」
その背中を見送りながら、創は、拳をそっと握りしめた。
信頼は、まだ得られていない。それでも、扉は、ほんの少しだけ開いた気がした。
『マスター』
ノアの声が、静かに響いた。
『彼女の過去を知った今、改良の方向性を、もう一段深められるかもしれません』
「――そうだな」
創は、頷いた。
凛が抱えてきた重さを、完全に理解できるとは思わない。それでも、その重さに応えられる何かを作りたいと、強く思った。
工房へ戻る道すがら、創の頭の中には、すでに次の改良案が浮かび始めていた。
二度と、あんな事故を起こさせない。
誰もが安心して任せられるゴーレムを作る。
それが、ゴーレムマスターとして。そして、この事業を始めた者として、自分が果たすべき責任なのだと、創は改めて胸に刻んだ。
第29話、お読みいただきありがとうございます。
これまで頑なだった態度の裏に、そんな過去があったとは、と感じていただけたでしょうか。
「二度と、あんな事故を起こさせない」という決意が、この先の技術開発の大きな原動力になっていきます。
次話では、ついに、あの再テストの結果が明らかになります。




