第28話 初失敗
翌朝、廃坑エリアの入り口には、既に凛が待っていた。
「時間通りだな」
「――お待たせしました」
創は収納から二体のゴーレムを呼び出した。荷物を模した重りを背負わせ、瓦礫地帯へと向かわせる。
「では、始めます」
「好きにして」
凛は腕を組み、少し離れた岩陰に立った。その視線は、始終ゴーレムの動きに注がれていた。
最初は、順調だった。
二体のゴーレムは、昨夜調整した足運びの通り、瓦礫の隙間を器用に縫うように進んでいく。時折バランスを崩しかけても、すぐに体勢を立て直す。
「――悪くない、な」
創は、小さく安堵の息を漏らした。
だが、凛の表情は変わらなかった。
「まだ、序の口」
彼女は懐から呼び出し用の魔導具を取り出し、何かを操作した。
次の瞬間、離れた茂みの奥から、低い唸り声が響いた。
「――あれは」
「弱いモンスターを一体、誘導してある。安全は確保してる。だから、遠慮なく本番と同じ状況で見せて」
創は息を呑んだ。事前に聞いてはいたが、実際にモンスターの気配を目の当たりにすると、緊張が走る。
「――止まれ」
とっさに指示を出す。だが、その声はいつもより上ずっていた。
一体のゴーレムは指示通りに停止した。だが、もう一体――背負っていた荷物の重心がわずかにずれていた個体が、急停止の反動でバランスを崩した。
「――っ、まずい」
創は慌てて体勢を立て直させようとした。だが、その修正が一瞬遅れた。
ガシャン、という音とともに、ゴーレムは背負っていた荷物ごと、瓦礫の上に崩れ落ちた。木箱が岩にぶつかり、側面に大きな亀裂が走る。蓋の隙間から、中に詰めていた資材が数個、こぼれ落ちた。
沈黙が落ちた。
モンスターの唸り声は、遠くでまだ響いている。だが、その場の空気は、それ以上に重かった。
「実戦なら、今ので依頼は失敗。仲間が巻き込まれていてもおかしくなかった」
凛の声は、静かだった。だが、その静けさが、かえって重く響いた。
「……申し訳、ありません」
創は、崩れ落ちたゴーレムに駆け寄り、荷物の状態を確認した。幸い、破損はない。それでも、失敗は失敗だった。
「これで、分かっただろ」
凛は、感情を押し殺したような声で言った。
「不整地。急な指示。モンスターの接近。この程度の条件で、これだ。現場じゃ、こんな甘い状況ばかりじゃない」
「原因は分かりました。今ここで修正できます。もう一度だけお願いします」
創は、崩れたゴーレムを起こしながら、そう言った。荷物の重心調整が甘かった。それだけは、はっきりしていた。
凛は、静かに首を振った。
「これ以上続けても、同じ失敗を繰り返すだけ。今日は終わり」
彼女は踵を返し、廃坑エリアの入り口へと歩き出した。
「――待ってください」
「今日の依頼は、他を当たる。悪いけど」
その背中には、取り付く隙もなかった。
創は、その場に立ち尽くした。手の中には、荷物を背負ったまま倒れたゴーレムの感触が、まだ生々しく残っている。
『マスター』
ノアの声が、静かに響いた。
『バランス崩れの原因は、荷重分布の見落としです。急停止時の重心移動を、想定しきれていませんでした』
「――分かってる」
創は、崩れた瓦礫の上に座り込んだ。
拳を握り締めても、どうにもならない悔しさだけが残った。準備はしたつもりだった。それでも、実戦の緊張感の中では、想定していなかった綻びが出た。
「――凛さんの言う通りだ。まだまだ、足りない」
『はい。ですが――』
ノアの声に、わずかな励ましが滲んだ。
『急停止時の重心制御という、新たな課題が判明しました』
創は、崩れたゴーレムの荷物を、丁寧に積み直した。
「何度でもやる。証明できるまで」
『――はい』
創は立ち上がった。敗北感だけを胸に、静かに廃坑を後にした。
第28話、お読みいただきありがとうございます。
期待していただけに、悔しい結果になった回でした。
それでも、「何度でもやる。証明できるまで」という一言に、諦めない強さを感じていただけたなら嬉しいです。
次話では、この失敗の裏にある、もう一つの物語が見えてきます。




