第25話 始まり
「――事業計画、か」
創は、収納空間工房の作業台に、真新しい紙を広げた。
ノアの助言を受けながら、まず整理したのは、誰に何を提供するのか、という一点だった。
「探索者向けの、荷物運搬・採掘補助のゴーレム貸与――これが、当面の柱だな」
『はい。すでに実績もあり、需要も確認できています。ここを土台に、少しずつ広げていくのが堅実です』
「価格は、どうする」
『既存の荷物持ち依頼の相場と、ゴーレムの維持費を踏まえて試算します。当初は、利用しやすい価格帯から始めるのが良いかと』
「――なるほどな」
創は、紙にペンを走らせながら、頷いた。
商社勤めだった頃、こういう資料を何十枚と作らされた記憶がある。あの頃は、他人の指示に従って作るだけの作業だった。今は違う。すべて、自分の意志で、自分の言葉で組み立てている。
その違いだけで、同じ「計画書」でも、まるで別物のように感じられた。
作業は、数日にわたって続いた。
貸与の流れ、料金体系、対応できる依頼の種類。細部を詰めるたびに、新しい課題が見つかり、その都度、創とノアは頭を突き合わせて解決策を探った。
「――にしても」
ある夜、創はふと手を止めて呟いた。
「まさか、ここまで来るとはな」
『何がですか』
「最初の頃、坑道で三体のゴーレムを動かすだけで必死だったのが、つい最近のことみたいに感じる」
創は、工房を見回した。
隅には、貸与用に改良を重ねたゴーレムたちが並んでいる。壁には、これまでの試行錯誤の跡が刻まれた工具や資料が積まれていた。
「ハズレ職、なんて散々言われてきたけどな」
『はい』
「今なら、少しだけ、見返してやれる気がする」
ノアの声に、静かな笑みのようなものが滲んだ。
『マスターは、ずっと見返す必要のない努力を積み重ねてこられました。ただ、それが今、こうして形になったというだけです』
「――お前、たまにいいこと言うよな」
『たまに、ですか』
「悪い、いつもだ」
計画書がおおよその形を成した頃、創は最後のページに、大きく一文を書き記した。
**会社を作る。**
書き終えた文字を、しばらく見つめる。
ただの思いつきではない。1話から積み重ねてきた、すべての結果としての一文だった。
「――ノア」
「はい」
「この計画で進めよう」
『マスターの決意は、すでに固まっているようですね。ですが――』
一拍の間があった。
『私は、すでに準備を始めています』
創は、小さく笑った。
「なら、決まりだな」
窓のない工房に、静かな熱気が満ちていた。
創は椅子から立ち上がり、工房の中央に立つと、ゆっくりと辺りを見渡した。
不格好な「ゼロ」を作って絶望した夜が、ノアとの出会いに変わった。禁じ手に手を伸ばし、十体のゴーレムを量産し、初めての依頼と報酬を得た。
どの一つが欠けても、今ここには立てなかった。
「――さて」
創は、拳を強く握った。
「ここから、本当の勝負だ」
工房に並ぶゴーレムたちが、その言葉に応えるように、静かに佇んでいた。
ハズレ職と笑われた男は、ようやくスタートラインに立った。
このときの創は、これから待ち受ける新たな出会いと試練を、まだ知らなかった。
第25話まで、お読みいただきありがとうございます。
これで、第一部が完結です。
ハズレ職と笑われた男が、絶望を乗り越え、ようやくスタートラインに立ちました。
ここまで積み重ねてきた一つ一つが、決して無駄ではなかったのだと、感じていただけたなら幸いです。
第二部からは、いよいよ新しい出会いと試練が始まります。どうぞ、引き続きお楽しみください。




