第24話 夢
それから一週間、創とノアは、貸与の仕組みを改良し続けた。
指示方法を見直し、「進め」「止まれ」「持て」「置け」など、単純な言葉だけで操作できるよう改良を重ねた。
「――どうだ、これで少しは伝わりやすくなったか」
『はい。試算では、指示の誤認識率が、前回の三分の一以下まで下がっています』
「お、結構下がったな」
『はい。ただ、まだ完璧ではありません。距離の制約も、根本的には解決できていません』
「それでも、前進はしてる」
工房の隅には、貸し出し用に改良を重ねたゴーレムが並んでいる。あの日、青年に貸し出した一体を含め、五体がすでに試験運用に耐えられる状態まで仕上がっていた。
その週の半ば、創はふと、ある可能性に思い当たった。
「――ノア。距離の制約なんだけどさ」
「はい」
「前に、収納空間を中継基地にして、離れたゴーレムを制御する技術、作ったよな。あれ、貸与にも使えないか」
一拍、間があった。
『――なるほど。あの技術は、あくまでマスター自身が複数のゴーレムを操作するための仕組みでした。ですが、ゲストマスターの指示を仲介する経路にも、同じ理屈が使えるはずです』
「だよな」
『試算します』
その日のうちに、ノアは収納空間を経由した仲介の仕組みを、貸与用に組み替えた。創が現地に同行しなくても、収納を中継してノアが遠隔から指示を翻訳できるようになれば、理屈の上では、貸与先がどれだけ離れていても対応できるはずだった。
試しに、少し離れた場所へゴーレムを一体貸し出し、創は工房に残ったまま、指示の翻訳だけを任せてみた。
「――問題なく、動いてるか」
『はい。距離による遅延も、ほぼ確認されません』
「――できた、のか」
創は、思わず声を弾ませた。
「これで、俺がいちいち同行しなくても、貸し出せるってことだよな」
『はい。マスターは、整備や新規の説明に専念できます』
「――大きな進歩だな、これは」
これで、貸与の仕組みを縛っていた、もう一つの制約が解消された。
ある日の午後、創は作業の手を止めた。
工房の作業台に、貸与記録をまとめた紙が広げられている。青年の名前、依頼内容、そして最後に添えられた、拙い感想の一言。
『助かりました。また借りたいです』
その一文を、創はしばらく見つめていた。
――才能やスキルの有無で諦める人がいない世界を作る。
脱サラした当初、自分の中に漠然とあった夢だった。当時は、それがどんな形を取るのか、自分でも分かっていなかった。ただの理想論だと、心のどこかで思っていた部分もある。
だが今、目の前の一枚の記録が、その理想への小さな一歩になっていることを示していた。
「――ノア」
「はい」
「これ、いけるんじゃないか」
『いける、と言いますと』
「戦闘スキルや操作の才能がなくても、ゴーレムさえ貸せれば、探索者資格を持つ人なら誰だってダンジョンに挑める。荷物運びだって、力仕事だって、任せられる。そういう世界が――」
創は、言葉を選びながら続けた。
「作れるんじゃないか、って思ったんだ」
しばらく、沈黙が流れた。
『――マスター』
ノアの声が、いつもより静かに響いた。
『実は、私も同じことを考えていました』
「――お前も?」
『はい。この一週間の改良を重ねる中で、確信に近いものがありました。これは、単発の依頼を細々とこなすだけの話ではありません』
ノアは、はっきりとした口調で続けた。
『サービスとして、正式な形にするべきです』
「事業……」
創は、その言葉を口の中で繰り返した。
「今までも、依頼はこなしてきたけどな」
『それは、あくまで個人の副業の延長でした。ですが、貸与という新しい形が確立できれば、話は変わります。荷物運びだけでなく、探索補助、採掘、あらゆる場面で、この仕組みが役立つ可能性があります』
創の脳裏に、これまでの日々が蘇る。
ハズレ職と笑われた日々。不格好なゼロから始まった試行錯誤。そして、ノアと共に積み重ねてきたすべてが、今へ繋がっている。
一つ一つは、決して大きな出来事ではなかったかもしれない。それでも、積み重なった先に、今、確かな道筋が見え始めている。
「――やるか」
創は、静かに、けれど確かな声で呟いた。
「本気で、事業にする」
『はい』
ノアの声には、これまでにない力強さがあった。
『マスターがそう決断されるなら、私も全力でサポートします』
窓の外には、夕暮れの光が差し込んでいた。工房に並んだ五体のゴーレムが、その光を受けて、静かに佇んでいる。
かつて、たった一人で不格好なゴーレムを作り、絶望していた夜があった。それが今、こうして事業という新しい形へ踏み出そうとしている。
「――ノア。何から始めればいい」
『まずは計画作りです。誰に、何を、どのように提供するのか。そこを明確にする必要があります』
「――堅実だな、相変わらず」
『地に足のついた一歩が、遠くまで続く道を作ります』
創は小さく笑い、工房の中央に立った。
これまでの実験も、失敗も、遠回りも、すべてが今この瞬間へと繋がっていた。
こうして、創の夢を現実に変えるための第一歩が始まった。
第24話、お読みいただきありがとうございます。
たった一人で不格好なゴーレムを作り、絶望していたあの夜から、ここまで来ました。
「地に足のついた一歩が、遠くまで続く道を作ります」というノアの言葉、印象に残っていただけたら嬉しいです。
次話では、いよいよ事業としての第一部が完結を迎えます。




