第23話 最初の顧客
「――で、実際どうやって貸すんだ、これ」
工房で、創は腕を組んでいた。
これまでのゴーレムは、すべて創自身が魔力を通して操作してきた。だが今回、ゴーレムを扱うのは、ゴーレムマスタースキルを持たない、あの駆け出しの青年だ。
「マスターご自身が、ゴーレムから完全に手を離すことはできません。魔力供給の根本は、マスターが担い続ける必要があります」
ノアの声には、珍しく手探りの響きがあった。
「ですが、操作の細かい判断は、私が仲介できるかもしれません。青年の指示を私が受け取り、それをゴーレムへの命令に変換する、という形です」
「――つまり、青年が喋った内容を、お前が翻訳して伝える、みたいな感じか」
「近いです。ただ、前例のない試みです。上手くいく保証はありません」
「分かってる。だからこそ、試す価値がある」
翌日、指定された広場で、創は青年と落ち合った。
「本当に、いいんですか。貸してもらえるなんて」
「試験的に、です。上手くいかなかったら、正直に言ってください」
創は収納から一体のゴーレムを呼び出し、青年の前に立たせた。
「基本的な指示は、声に出して伝えてください。『進め』『止まれ』『持ち上げろ』、そんな感じで大丈夫です」
「――分かりました。えっと……進め」
ゴーレムが、ゆっくりと一歩を踏み出す。青年の顔に、安堵の笑みが浮かんだ。
「――お、動いた!」
だが、次の指示で早速つまずいた。
「あの荷物のところまで、行ってくれ」
ゴーレムは微動だにしなかった。
「――あれ? 聞こえてない?」
『申し訳ありません。「あの荷物」という指示だけでは、対象を正確に特定できませんでした』
ノアの声が、青年の頭上――正確には、ゴーレム越しに響いた。
「え、あ、そうか。えっと、右前方の、木箱のところまで、って言えばいいんですか」
『はい。具体的な位置や対象を指定していただけると、精度が上がります』
やり直すとゴーレムは動き出したが、目的の木箱を通り過ぎてしまった。
「――違う違う、こっちの箱!」
青年が慌てて訂正すると、ゴーレムはぎこちなく方向転換し、ようやく目当ての木箱の前で止まった。
創は腕を組み、その様子を見守った。
(――思ったより、難しいな)
普段は意識一つで済むことが、言葉を介した途端に難しくなる。
「持ち上げてくれ」
木箱を持ち上げる動作は、比較的スムーズにいった。だが今度は、運ぶ速度の指定で引っかかった。
「もっと、こう、丁寧に運んでほしいんですけど」
『「丁寧に」という表現は、具体的な速度や動作の基準として変換が難しいです。「ゆっくり」「揺らさないように」など、動作に直結する言葉でお願いできますか』
「――あ、なるほど。じゃあ、ゆっくり運んでくれ」
試行錯誤の末、青年は荷物を運び終えた。
青年は額の汗を拭いながら息を吐いた。
「――こんなに、気を遣うものなんですね、ゴーレムを動かすのって」
「すみません、まだ色々と、荒削りで」
創は素直に頭を下げた。
「いえ、それでも……自分一人じゃ絶対に運べなかった量です。時間はかかりましたけど、確かに助かりました」
青年は、そう言って笑った。お世辞ではなく、素直な感想のようだった。
工房へ戻った創は、椅子に腰を下ろした。
「――疲れたな。自分でやるより、よっぽど神経使った」
『はい。私も、今回で多くの課題が見えました』
ノアの声が、いつになく真剣だった。
「課題、か。挙げてみてくれ」
『まず、指示の言葉が曖昧だと、正確に変換できません。誰でも同じように扱えるようにするには、指示の出し方そのものを、もっと単純化する必要があります』
「――だよな。今日みたいに、いちいち言い直してたら、時間がかかりすぎる」
『それから、青年の声が届く範囲でしか、今回の仕組みは機能していません。マスターが遠く離れた場所からでも、この仲介ができるようにする必要があります』
創は、天井を見上げた。
課題は山積みだったが、不思議と気分は悪くなかった。
「――でも、できないことじゃない、ってことだよな」
『はい。今日の結果を踏まえれば、改善の余地は十分にあります』
「よし」
創は、勢いをつけて立ち上がった。
「ノア。もっと、誰でも簡単に使えるやり方を考えよう」
『――承知しました』
ノアの声に、確かな意欲が滲んでいた。
まだ未完成だ。だが創は、その先に大きな可能性があると確信していた。
第23話、お読みいただきありがとうございます。
初めての貸与は、決して完璧ではありませんでした。それでも、その中にこそ、次への確かな手がかりがありました。
「誰でも簡単に使えるやり方を」――この課題が、この先の物語の大きな軸になっていきます。
次話をどうぞお楽しみに。




