第21話 初依頼
翌朝、創はギルドの受付カウンターの前に立っていた。
「――荷物運搬の依頼、受けたいんですが」
受付の女性職員が、掲示板の写しに視線を落とす。
「ああ、こちらですね。急ぎで、倉庫にある資材を別の保管所まで移動させる依頼です。ただ……」
職員は、創の背後にちらりと目をやった。誰もいない。
「これ、想定作業人数三名以上のパーティ向けなんですが……お一人ですか?」
「一人です。でも、問題ないと思います」
「重量物なので、正直、一人だと厳しいと思いますよ。それに、時間指定もかなりタイトで――」
「大丈夫です。やらせてください」
職員は、なおも渋い顔を崩さなかった。
「……申し上げにくいのですが、万が一、期限内に終わらなかった場合や、荷物を破損させた場合、ギルドとしては責任を負いかねます。それでもよろしいですか」
「はい。何かあれば、責任はすべて自分が負います」
創が迷いなくそう答えると、職員はしばらく創の顔を見つめ、ようやく小さく頷いた。
「……それでは、正式に受注ということで。現地には、指定の時間までにお願いします」
「ありがとうございます」
受注書にサインをしながら、頭の中でノアに呼びかける。
「――聞いてたか」
『はい。想定作業人数三名以上、という条件でしたね』
「うちには、十体いるけどな」
『はい。人数の定義については、恐らく先方も想定していないかと思います』
ノアの声に、微かな笑いが滲んでいるような気がした。
指定された倉庫に到着すると、担当者らしき中年の男が、腕時計を気にしながら待っていた。
「――ああ、来てくれたのか。だが、本当に一人で……」
「ご心配なく。すぐに終わらせます」
創は倉庫の中を見渡した。木箱や麻袋が、うずたかく積まれている。確かに、一人ではとても手に負えない量だ。
「収納」
淡い光とともに、積み上げられていた資材の一部が、次々と虚空へ吸い込まれていく。
「――なっ!?」
担当者が目を丸くする。
「これ、どこに――」
「収納しています。運搬先で、そのまま出せます」
担当者は、荷物が消えていく様子をまじまじと見つめ、我に返ったように呟いた。
「……そんな使い方があるのか。収納なんて、荷物持ちの真似事程度だと思っていたが」
創は続けて、十体のゴーレムを次々と呼び出した。淡い光とともに、収納空間から一体、また一体と姿を現す。
「な、なんだこれは、こんな数のゴーレムを――」
倉庫の奥で作業していた別の人足たちも、手を止めてこちらを見ていた。
「十体同時にって……見たことねえぞ、あんな数」
「本当に一人で操ってるのか、あれ」
そんな囁きが、あちこちから聞こえてくる。
「効率よく運びますので、少々お待ちください」
創が意識を向けると、十体のゴーレムが一斉に動き出した。残りの荷物を手分けして持ち上げ、隊列を組んで倉庫の外へと歩き出す。
指示は、いちいち声に出す必要もない。頭の中で思い描くだけで、十体はまるで一つの意志を持つかのように、無駄なく連携して動いていく。
保管所への道のりには、荷車がやっと一台通れるほどの狭い路地と、大きな段差のある石段があった。人足たちの間から、小さくどよめきが起きる。
「あの幅じゃ、荷物を担いで通るだけでも一苦労だぞ」
だが、先頭のゴーレムが荷を高く掲げ、身をかがめて路地を抜けると、後続の個体も寸分違わぬ動きでそれに続いた。石段では、前の個体が荷を支え、後ろの個体が下から押し上げる形で、危なげなく段差を乗り越えていく。まるで、最初からそのための隊列を組んでいたかのようだった。
担当者は、口を半開きにしたまま、その光景に見入っていた。
「……三人でも、半日はかかると思っていたんだが」
「もう少しで終わります」
保管所への移動と積み下ろしを終える頃には、指定された時間の、半分にも満たない時間しか経っていなかった。
「――これで、全部です」
創が最後の荷物を収納から取り出し、丁寧に積み上げると、担当者はしばらく呆然とした様子で、並んだ荷物とゴーレムたちを見比べていた。
「……本当に、一人でやったのか、これを」
「はい。ご確認いただけますか」
担当者は慌てて荷物のチェックを始めた。破損もなく、数量にも過不足はない。念入りに確認を終えると、大きく息を吐いた。
「――いや、驚いた。噂には聞いていたが」
「噂、ですか」
「変わったゴーレムマスターがいる、ってな。まさか、これほどとは思わなかった」
担当者は苦笑しながら、報酬の入った袋を差し出した。
「規定通りの額しか出せないのが、申し訳ないくらいだ」
袋を受け取ろうとする創に、担当者はさらに続けた。
「――なあ、次も頼めるか。それと、うちの取引先にも、あんたのことを紹介したい」
創は、その袋を受け取った。ずしりとした重みが、掌に伝わってくる。
初めての、事業としての収入だった。
会社員だった頃の給料袋とは、何もかもが違う。あれは、決められた仕事をこなした対価だった。これは――自分の技術で、自分の判断で、稼いだ金だ。
「――ありがとうございます」
自然と、声が弾んだ。
ギルドへの帰り道、創は袋の中身を、収納の中でそっと確かめた。決して大金ではない。それでも、これまでの実験の日々とは、まったく違う種類の重みがそこにはあった。
「――やったな、ノア」
『はい。おめでとうございます、マスター』
「これが、初めての、ちゃんとした仕事だ」
『はい。これから、この積み重ねが、事業になっていきます』
創は、空を見上げた。夕方には少し早い、澄んだ午後の空だった。
これまでは、誰にも見せられない実験の連続だった。だが今日、初めて、自分の技術が、誰かの役に立ち、対価として返ってきた。
「――ノア。次の依頼、探せそうか」
『既に、三件ほど候補を見つけています。荷物運搬が二件、それから、農地の整地作業が一件』
「――もう、三件も?」
『はい。マスターは、もう仕事を探す立場ではなく、選ぶ立場になりつつあるようです』
その言葉に、創は驚きながらも、思わず笑った。相変わらず、仕事が早い。
まだ始まったばかりだ。それでも、確かな手応えを胸に抱きながら、創は帰路を歩き続けた。
この小さな一歩が、やがてどれほど大きな道へと繋がっていくのか――このときの創には、まだ知る由もなかった。
第21話、お読みいただきありがとうございます。
初めて、自分の技術が誰かの役に立ち、対価として返ってくる。その瞬間の喜びを、大切に描いた回でした。
「仕事を探す立場から、選ぶ立場へ」というノアの一言に、確かな手応えを感じていただけたら嬉しいです。
次話でも、その勢いは続いていきます。




