第19話 収納空間工房
「――ノア。前から気になってたんだが」
18話の一件から数日、創はふと思い立って切り出した。
「収納空間、六畳間くらいの広さになったんだよな。それなら――俺も、中に入れたりするのか?」
「――試したことは、ありませんでしたね」
ノアの声にも、意外そうな響きがあった。
「理論上は、可能かもしれません。マスターは既に自己ゴーレム化を経験している以上、生物としての判定から外れている可能性があります。試してみますか」
「ああ。ちょっと興味がある」
創は変身し、収納に向かって意識を集中させた。
「――収納」
いつもとは違う感覚があった。何かを空間へしまい込むのではなく、自分自身が、その中へ引き込まれていくような、不思議な浮遊感。
次の瞬間、視界が切り替わった。
「――うおっ」
思わず声が漏れる。
そこは、ぼんやりとした淡い光に満たされた、六畳間ほどの空間だった。壁も床も、はっきりとした質感があるわけではない。それでいて、確かに「そこにいる」という実感があった。
「本当に、入れるんだな……」
「はい。確認できました」
ノアの声が、今度は頭の中ではなく、すぐ近くから聞こえるような気がした。
「――ここが、収納の中、か」
創はゆっくりと歩き回ってみた。足元は不思議と安定している。空間の端に近づくと、そこで景色がふわりと途切れているのが分かった。
「ノア。ここ、使えそうだよな」
「用途は、と言いますと?」
「工房だよ。ゴーレムを作るための」
これまでは、アパートの狭い部屋や、旧坑道の片隅で、間に合わせの作業を続けてきた。だが、ここなら誰の目も気にせず、いくらでも作業に没頭できる。
「――いいアイデアだと思います。早速、レイアウトを考えましょう」
「レイアウト?」
「はい。作業台をどこに置くか、工具をどう配置するか。効率を最大化する必要があります」
創が答えるより早く、ノアは淡々と続けた。
「作業台は空間中央、工具棚は左右対称に配置し、動線は最短距離で結ぶべきです。試算では、これにより作業効率が約23パーセント向上します」
「――ちょ、待て。まだ何も持ち込んでないんだが」
「順序が前後しました。失礼しました」
創は苦笑しながら、収納から古びた作業台を取り出した。旧坑道で使っていた、傷だらけの木製のものだ。
「まずは、これを真ん中に……」
「――お待ちください。その配置では、光源からの距離が最適ではありません」
「光源って、ここ、どこかに光源あるのか」
「感覚的な光の強弱がある、という程度の話です。厳密な物理現象ではありませんが」
「そこまで厳密にしなくていいから」
作業台を置き、工具箱を並べ、それらしい形になってきたところで、今度は棚の位置を巡って一悶着あった。
「棚は、こっちに置いた方が使いやすいだろ」
「いえ、動線の観点からは、反対側が適切です」
「いや、俺が使うんだから、俺の使いやすさが優先だろ」
「マスターの使いやすさを最大化するために、動線を計算しています」
「その計算が、俺の感覚とズレてるんだって」
しばらく、そんな押し問答が続いた。結局、創が半ば強引に棚を動かすと、途中で足を滑らせ、積んでいた工具箱がガラガラと崩れ落ちた。
「――あ」
「――申し上げた通りかと」
「うるさい」
散らばった工具を拾い集めながら、創は思わず笑ってしまった。散々な有様だ。それでも、不思議と気分は悪くなかった。
「ノア。お前、意外と口うるさいよな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「褒めてはいない」
一通り片付けが終わる頃には、拙いながらも、それらしい工房の形が出来上がっていた。作業台、工具棚、そしてまだ何もない棚のスペースが一つ。
創は、その空間をぐるりと見回した。
「――小さいけど、悪くないな」
「はい。まだ発展途上ですが、これから育てていけばいいと思います」
創は作業台に手を置き、静かに息を吐いた。
不格好な「ゼロ」を作ったあの夜から、まだそう長くは経っていない。それでも、今こうして、自分だけの工房を持てるところまで来た。
「――さて」
創は袖をまくり上げた。
「そろそろ、ちゃんとしたものを作ってみるか」
「はい。何を、作られますか」
その問いに、創はしばし考え込んだ。
これまでは、実験と検証の繰り返しだった。だが、これからは違う。この力を、何かの形にする段階に入る。
「――決まってる」
創の顔に、静かな決意が浮かんだ。
「誰かの役に立つ、ちゃんとしたゴーレムだ」
窓もない、けれど確かに温かみのあるその空間で、創とノアの新しい挑戦が、静かに始まろうとしていた。
第19話、お読みいただきありがとうございます。
実験と検証の日々から、ようやく「誰かの役に立つゴーレムを作る」という、具体的な目標が見えてきました。
窓のない、けれど温かみのある工房。そこから、新しい挑戦が始まります。
次話では、いよいよ量産という、次の段階へ踏み出します。




