第17話 ゴーレムネットワーク
「――収納の改造、終わりました」
数日後の朝、ノアがそう告げた。その声には、隠しきれない達成感が滲んでいた。
「どのくらい、広がったんだ?」
「まだ大きくはありません。ですが、これまでの一立方メートルから、六畳間ほどの広さにはなりました。小型トラック一台分ほどの資材なら、余裕を持って保管できます」
創は思わず目を見開いた。何もなかった空間が、ここまで広がるとは思ってもみなかった。今では資材だけでなく、工房まで作れそうな広さだ。
「これで、工房の第一歩か」
「はい。今後、マスターの成長に応じて、さらに広がっていくはずです」
創は小さく頷き、それから本題を切り出した。
「それで、もう一つの提案の方だが」
「はい。収納空間を、ゴーレム制御の中継基地として利用する構想です」
「中継基地?」
「これまでは、私がマスターの視界の届く範囲でしか、複数のゴーレムを精密に制御できませんでした。ですが、収納空間を経由することで、制御信号の届く範囲を、大きく広げられる可能性があります」
その日の午後、創は仕事帰りに、契約先の許可を得て、離れた採掘ポイントに数体のゴーレムを配置してもらった。普段なら、目の届く範囲でしか細かい指示は出せない。今日はその限界を試す日だった。
「――始めます」
ノアの声とともに、創は収納に意識を向けた。
「収納」を経由した瞬間、意識が一気に広がった。一本だったつながりは無数の光の線となって伸び、それぞれのゴーレムと結ばれていく。さらに、そのゴーレム同士も互いにつながり、一つの巨大な網のようなネットワークを形作っていた。
「――見える……。本当に、あそこの様子が分かるのか」
「はい。収納空間が、いわば中継地点として機能しています。直接視界に入らない場所でも、精度を落とさず制御できます」
創の意識の中に、離れた採掘ポイントの様子が、ぼんやりとだが伝わってくる。三体のゴーレムが、それぞれ違う場所で、黙々と採掘作業を進めていた。
「――こっちのゴーレム、少し角度がずれてるな」
「補正します」
ほんの少し意識を向けるだけで、遠く離れたゴーレムの動きが瞬時に修正される。これまでなら、わざわざ現地まで足を運ばなければできなかったことだ。
「……すごい」
思わず息を呑んだ。
「これなら、一人でダンジョン全体を管理できる日が来るかもしれない」
三体のゴーレムは採掘、運搬、積み込みを寸分の狂いもなく受け渡していく。掘り出された鉱石は一瞬たりとも止まることなく次の工程へ流れ、作業はまるで巨大な工場のラインのように回り始めた。これまでとは比較にならない速度で、資材が積み上がっていく。
「マスター。一つ、報告があります」
作業を続けながら、ノアがふと切り出した。
「何だ?」
「収納空間を経由した制御は、想定していたよりも、遥かに安定しています。本来であれば、これほど精度の高い連携は、もっと大きな負荷を伴うはずでした」
「――どういうことだ」
「正直に申し上げますと、私にも、まだ明確な説明ができません。ただ――」
一拍、間があった。
「収納空間そのものが、私とマスターを繋ぐ媒介として機能しているようです。それだけではありません。ゴーレム同士も、この空間を介して情報を共有しているようです」
「ですが、おかしいのです。本来の収納スキルに、このような性質があるという記録は見当たりません」
「収納空間そのものが、少しずつ変質しているようにも感じます。ですが、その理由までは分かりません」
創は、手のひらを見つめた。
これまでの実験でも、時折感じていたことだった。収納を介したノアとのやり取りが、他の何よりも滑らかで、迷いがない。単なる利便性以上の、何か根の深い繋がりがあるような気がしていた。
創も同じ感覚を覚えていた。
収納に意識を向けるたび、ただの空間ではなく、何かが脈打っているような、不思議な存在感を感じることがある。
初めて収納を使った頃には、そんな感覚はなかった。
「気のせいじゃない、ってことか」
「断定はできません。私の知識にも一致する事例がありません。ただ、この現象は極めて異常です。今後も記録を続ける価値があると思います」
創は、しばらく考え込んだ。
理由は分からない。それでも、目の前で起きている結果だけは疑いようがなかった。何十メートル、何百メートル離れていても、ゴーレムは創の意思に寸分違わず応えていた。ハズレ職と呼ばれ続けたゴーレムマスターが、こんな景色を見られる日が来るとは、誰が想像しただろうか。
「――ノア」
「はい」
「この調子で、もっと色々試してみたい」
「――私も、同じ気持ちです」
ノアの声には、隠しきれない高揚感があった。
「収納とゴーレムマスター、この二つの組み合わせには、まだ私たちの知らない可能性が眠っているのかもしれません」
そのときだった。
収納空間の奥で、淡い光が一瞬だけ脈打ったような気がした。
ほんの一瞬の出来事だったため、創もノアも気のせいだと思い、それ以上気に留めることはなかった。
夕暮れの坑道には、離れた場所で働く三体のゴーレムが刻む、規則正しい採掘音だけが静かに響いていた。その光景を見つめながら、創は胸の奥に、これまでにない大きな予感が膨らんでいくのを感じていた。
この力は、まだ始まりに過ぎない。
やがてこの日築かれた小さなネットワークは、一つの坑道だけでは収まらず、ダンジョン全域へと広がっていくことになる。
だが、その未来を、このときの創はまだ知る由もなかった。
第17話、お読みいただきありがとうございます。
収納の拡張と、ゴーレムネットワークの確立。二つの成果が、同時に形になった回でした。
「ハズレ職」と呼ばれ続けてきたスキルが、ここまでの景色を見せてくれるとは、主人公自身も驚いていたことでしょう。
そして、ラストに一瞬だけ光った、あの気配。見逃さずにいてくださった方は、ぜひ覚えておいてください。
次話では、さらに新しい可能性が広がっていきます。




