第15話 ダンジョン再挑戦
翌朝、創はいつもとは違う足取りでダンジョンの入り口に立っていた。
これまでは、採掘・運搬の契約仕事で通い慣れた場所だ。だが今日は、その先――ふだんは足を踏み入れない、探索者向けの浅層エリアへ向かうつもりだった。
「――緊張してる、な」
「無理もありません。実戦での使用は、今回が初めてです」
頭の中に響くノアの声にも、いつになく張り詰めた響きがあった。
「モンスターと出くわしたら、すぐに私に伝えてください。判断材料は、多いに越したことはありません」
「分かってる」
浅層とはいえ、この先は勝手の分からない領域だ。創は慎重に足を進めた。
しばらく進んだところで、通路の先に、ぬめりとした緑色の塊がいくつか蠢いているのが見えた。
「――スライムか」
探索者の間では、駆け出しがまず相手にする、最弱格のモンスターとして知られている。それでも、生身の人間が不用意に近づけば、それなりの怪我を負う相手だ。
「マスター、いきますか」
「……ああ」
創は大きく息を吸い、意識を集中させた。
「――変身」
淡い熱が全身を駆け巡り、皮膚に硬質化した質感が広がっていく。腕の血管に沿って、淡い光の紋様が浮かび上がった。
「よし」
創はスライムの群れへ駆け出した。その瞬間、周囲の景色がこれまで以上にはっきりと見えた。わずかな粘液の揺れや床の細かな凹凸まで鮮明に目に入る。
「――うおおおおッ!」
拳を振りかぶり、先頭のスライムへと叩きつける。
ズシャッ、という湿った音とともに、スライムが弾け飛んだ。手応えは、拍子抜けするほど軽い。
「よし、いけ――」
だが、次の瞬間だった。
「――ぶわっ!?」
弾け飛んだスライムの体液が、思い切り顔にかかった。視界が一瞬、ぬめった緑色に染まる。
「くっ……見えな――」
その隙を突かれ、横合いから別のスライムが体当たりしてきた。さらに粘つく体液が足元へ広がり、創は踏み込んだ瞬間に足を滑らせた。大した威力はない。だが、油断していた創は、あっさりとバランスを崩し、地面に尻餅をついた。
「――マスター! 左後方にも一体!」
「――ッ、分かって、る……!」
慌てて起き上がろうとするが、身体の動かし方が、まるで分かっていなかった。力はある。硬さもある。だが、その力をどう使えばいいのか、経験が伴っていない。
拳を振るえば、狙いが逸れる。踏み込めば、勢い余って体勢を崩す。まるで、大きすぎる道具を無理やり扱っているような、そんなぎこちなさだった。
「――ぐ、うっ……!」
三体目のスライムに絡みつかれ、創は苛立ち混じりに力任せに振り払った。硬質化した拳が、思わぬ方向に空を切る。
「マスター、力任せは危険です。まずは距離を」
「言われなくても……ってぇ!」
四苦八苦しながらも、なんとか残りのスライムを叩き潰していく。だが、その様は到底、格好の良いものとは言えなかった。
ようやく全てを片付け終えた頃には、創は肩で息をしながら、緑色の体液まみれで地面に膝をついていた。
「……勝った、けど」
「はい。勝利は、勝利です」
ノアの声には、慰めにも似た響きがあった。
「ただ――正直に申し上げますと、動きには、かなり無駄が多かったです」
「……自分でも分かってる」
創は自分の両手を見下ろした。硬質化した拳には、まだ緑色の体液がべったりとこびりついている。
力は、確かにある。人間離れした強さも、頑丈さも手に入れた。それでも、それをどう使えばいいのか、身体がまるで分かっていなかった。
「――強くなった気でいたけど、まだまだだな」
思わず、乾いた笑いが漏れる。
最弱のモンスター相手に、これほど苦戦するとは思っていなかった。剣士や身体強化持ちの探索者たちが、日頃どれほど鍛錬を重ねているのか、身をもって思い知らされた気分だった。
「力だけでは、足りません。それを制御し、使いこなす技術も必要です」
「……だよな」
創は変身を解き、その場に座り込んだ。全身が汗と体液でべとついている。それでも、不思議と気持ちは沈んでいなかった。
課題が、はっきりと見えた。それだけでも、今日ここへ来た意味はあった。
「ノア。もっと、うまく使えるようになりたい」
「――でしたら、一つご提案があります」
ノアの声に、いつもの落ち着きが戻ってきていた。
「私が、動きの補助をすることは、できるかもしれません」
創は、思わず顔を上げた。
「――補助? どうやって」
「詳しくは、また整理してからお伝えします。ただ――」
ノアの声に、微かな期待のようなものが滲んだ。
「マスターお一人の力だけでなく、私と二人で戦う、という形が取れるかもしれません」
創は緑色の体液まみれの顔で、それでも小さく笑った。
「――楽しみにしてる」
ダンジョンの浅層に差し込む淡い光の中、創は小さく拳を握る。力だけでは勝てない。だが、ノアと二人なら――その先にある景色が、少しだけ見えた気がした。
第15話、お読みいただきありがとうございます。
初めての実戦は、想像していたよりずっと泥臭いものでした。
それでも、その泥臭さの中から、次に繋がる新しい道が見えてきます。
「私と二人で戦う」――そんなノアの一言に、これからの二人の在り方を感じ取っていただけたら嬉しいです。
次話では、いよいよその新しい形が動き出します。




