第14話 新しい身体
翌朝。
創は、身体の重さに顔をしかめながら、ベッドからゆっくりと身体を起こした。
「……ノア。俺、ちゃんと生きてるよな」
『はい。心拍、呼吸ともに正常です。生命活動に重大な異常は確認されていません』
「それはよかった……」
安堵したのも束の間、立ち上がろうとした瞬間、全身から力が抜けかけた。
「うおっ……」
慌ててベッドに手をつく。
身体中が重い。
筋肉痛だけではない。
昨夜、身体の奥から魔力を根こそぎ絞り出されたような感覚が、まだ残っていた。
『無理に動かないでください。昨夜の負荷は、私の想定を大きく超えていました』
「……だよな」
創はベッドに座り直し、自分の両手を見つめた。
見た目は、いつもと変わらない。
昨夜の硬質化も、淡く光る紋様も、すべて消えている。
それでも――。
「……本当に、元に戻ったんだな」
『はい。少なくとも外見上は』
「少なくとも?」
『詳細な検査ができない以上、完全に元の状態だと断言することはできません』
その言葉に、創は一瞬だけ黙った。
だが、今ここで考えても仕方がない。
「今日は休みだし、無理はしない。その代わり、昨日の結果を確認したい」
『承知しました。ただし、今日は変身時間を極端に短くしてください』
「分かってる」
『本当に、分かっていますか?』
「……分かってるって」
少しだけ強調すると、ノアが小さく息を吐いた。
『では、信じます』
「なんだよ、それ」
創は苦笑した。
身体は重い。
それでも、不思議と気持ちは前向きだった。
昨日、自分は新しい力を手に入れた。
ならば――それが何なのか、自分自身で確かめるしかない。
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その日の午後。
創は、再び旧坑道の奥へ来ていた。
ただし、昨日とは違う。
今日は実験を急がない。
変身する時間も最低限にする。
そして、ノアが一つずつ状態を確認しながら進める。
「では、まず短時間だけ変身してください」
「了解」
創は目を閉じ、意識を集中させる。
魔力が身体の中を巡る。
次の瞬間――。
皮膚の表面に、淡い硬質感が浮かび上がった。
腕を握る。
昨日と同じ、密度の高い感覚。
「……やっぱり、変わるな」
『変身状態を確認しました。魔力循環も安定しています』
「まずは力から試すか」
創は、近くに転がっていた大きな岩へ手を伸ばした。
普段の自分なら、両腕で抱え上げるだけでも苦労する大きさだ。
「よっ……と」
軽く持ち上げる。
「……軽いな」
思わず笑みが浮かんだ。
試しに、もう少しだけ力を込める。
――ぐっ。
岩が、簡単に持ち上がった。
「……すげえ」
だが、そのまま持ち上げようとした瞬間。
岩が、予想以上の勢いで浮き上がった。
「うわっ!」
慌てて抱え直す。
ずしん、と岩が地面に落ちた。
その衝撃で、足元の岩盤に細かなひびが走る。
「……加減が難しいな」
『通常時とは、筋力の出力特性そのものが異なっているようです』
「どのくらい違う?」
『現時点では正確な倍率は算出できません』
ノアが即答する。
『ただし、昨日の拳撃と先ほどの動作から判断すると、通常時とは比較にならない出力があることは確かです』
「なるほど」
創は自分の手を開いて、閉じる。
力が強くなった。
それは間違いない。
だが、どこまで強いのかは分からない。
それが少し怖くもあり――同時に、面白くもあった。
「次は耐久性だな」
『はい。ただし、強い衝撃を自分から加えるのは避けてください』
「分かってる」
創は自分の前腕を、反対の手で軽く叩いた。
――ゴッ。
鈍い音が響く。
「……痛くないな」
少しだけ力を強める。
――ゴッ。
今度も、ほとんど痛みはない。
皮膚に薄い赤みが残った程度だった。
「かなり硬い」
『硬質化した組織が、外部からの衝撃に対して高い耐性を持っていると考えられます』
「無敵ではない?」
『当然です』
即答だった。
「……ですよね」
『どれほどの攻撃まで耐えられるのか、現時点では未知数です。実戦で確認する必要があります』
「実戦、か」
創は、その言葉を小さく繰り返した。
まだ、自分から危険な状況に飛び込むつもりはない。
だが――。
いつかは試す必要がある。
最後に、創は小さな傷を作った。
すると。
「……お」
傷口が、ゆっくりと閉じていく。
血が止まり、赤くなった皮膚が徐々に元へ戻っていく。
「これも変身の効果か?」
『可能性は高いですが、断定はできません』
「またそれか」
『まだデータが不足していますので』
「慎重だな」
『マスターが無茶をしすぎるので、慎重にならざるを得ません』
「……反論できない」
創は苦笑した。
一通りの確認を終え、変身を解除する。
硬質化した皮膚がゆっくりと元へ戻り、身体から魔力が抜けていく。
「ふう……」
変身していたのは、ほんの数分。
それでも、身体には明確な疲労が残った。
「やっぱり、魔力を使うんだな」
『はい。変身状態を維持している間、継続的に魔力が消費されています』
「時間制限付き、か」
『その認識で間違いありません』
創は小さく頷いた。
強い。
硬い。
そして、傷も治りやすい。
だが、無制限に使えるわけではない。
それなら、それでいい。
必要なときにだけ使えばいいのだから。
「……ノア」
『はい』
「これなら、ダンジョンでも使えると思うか?」
ノアはすぐには答えなかった。
『能力だけを見れば、十分に可能性はあります』
「なら――」
『ですが、問題があります』
「問題?」
『変身を、他人に見られた場合です』
創は黙った。
確かにそうだ。
ゴーレムマスターは珍しくない。
だが――。
人間そのものがゴーレムのように硬質化し、通常ではあり得ない力を発揮する。
そんなものを他人に見られれば、騒ぎになる。
「……隠す必要があるな」
『はい』
ノアの声が、少しだけ低くなる。
『マスターの能力が未知のものである以上、正体を知られた場合に何が起きるか、私にも予測できません』
「探索者に見つかったら、研究対象にでもされるか?」
『否定できません』
創は、自分の手を見つめた。
昨日までなら、ただの「ハズレ職」だった。
だが今は違う。
自分には、他の誰も持っていない可能性がある。
それは、武器になる。
同時に――危険な秘密にもなる。
「……分かった」
創は拳を握った。
「しばらくは、誰にも見せない」
『賢明な判断です』
「でも、実際に使えるかどうかは確かめたい」
『……やはり、そうなりますか』
「明日は休日だろ?」
『はい』
「だったら――ダンジョンに行こう」
ノアが沈黙する。
やがて、小さなため息が聞こえた。
『分かりました。ただし、条件があります』
「何だ?」
『危険を感じたら、即座に撤退すること』
「分かった」
『無理をしないこと』
「分かったって」
『そして、私の指示には必ず従うこと』
「……それは、状況による」
『マスター』
「……分かった」
創は苦笑しながら、収納から装備を取り出した。
新しい身体。
未知の力。
そして、それを隠しながらの初めての実戦。
明日、ダンジョンで試す。
その結果がどうなるのか――。
創自身にも、まだ分からなかった。
第14話、お読みいただきありがとうございます。
力、耐久性、回復力――手に入れた新しい身体を、一つずつ丁寧に検証していく回でした。
そして、力を得たことで見えてきた、新しい悩みも。
次話では、いよいよこの力を胸に、ダンジョンへ向かいます。




