第13話 全身ゴーレム化
「――準備は、できました」
「ああ」
いつもの旧坑道の奥。
だが、今夜だけは、いつもと空気が違っていた。
創の前には、簡単な魔法陣が描かれている。
その周囲には、これまでの実験で使用した魔力計測用の道具が並べられていた。
ノアが、この数日間で用意したものだ。
「もう一度、確認します」
ノアの声は、いつになく慎重だった。
「今回の実験では、これまでとは比較にならない量の魔力を使用します。指先の実験では問題がなかった制御でも、全身となれば予想外の干渉が発生する可能性があります」
「分かってる」
「異常を感じた場合は、即座に中断します。マスターが続行を希望しても、私が危険と判断した場合は強制的に解除します」
「……分かった」
創は苦笑した。
「そこまで念を押されると、さすがに逆らえないな」
『逆らっていただいては困ります』
ノアの返答は即答だった。
「はは……」
創は小さく笑った。
だが、すぐに表情を引き締める。
右手を握り、ゆっくりと開く。
指先の実験。
五回の検証。
魔力の流れの調整。
そして、ノアによる術式の再構築。
ここまで準備してきた。
もう、後戻りするつもりはなかった。
「――始めよう」
『はい』
創は目を閉じた。
そして、自分自身へ魔力を流し始めた。
――熱い。
最初に感じたのは、指先の実験でも経験した、あの熱だった。
だが、それはすぐに腕へと広がった。
「右腕、安定しています」
ノアの声が響く。
「次に左腕へ移行します」
魔力が流れる。
右腕。
左腕。
肩。
胸。
一つずつ、身体の各部へ魔力が巡っていく。
「……っ」
身体の内部を、何か巨大な流れが駆け抜けているようだった。
これまで自分の身体だと思っていたものが、少しずつ別の構造へ組み替えられていく。
皮膚の表面が硬くなる。
筋肉の奥に、これまで存在しなかった力の流れが生まれる。
「順調です」
ノアの声にも、わずかな緊張が混じっていた。
「胸部への移行を開始します」
その瞬間だった。
「――っ!」
胸の奥が、強く締め付けられた。
息が詰まる。
心臓が、一瞬だけ大きく跳ねた。
「……っ、ノア……」
『確認しました。胸部の魔力密度が急上昇しています』
「これ……大丈夫なのか……?」
『――いえ』
その一言に、創は息を呑んだ。
『一度、止めます』
「でも――」
『止めます、マスター』
珍しく、ノアの声に有無を言わせない強さがあった。
次の瞬間、胸部へ流れていた魔力が急激に絞られる。
「――ぐっ!」
激痛が全身を走った。
身体の内側から引き裂かれるような痛みに、創は思わず膝をつく。
「……はぁ……はぁ……」
『呼吸を整えてください』
「……分かった」
しばらくして、ようやく痛みが引いていく。
創は額の汗を拭った。
「……やっぱり、全身は簡単じゃないな」
『はい』
ノアは少し沈黙してから答えた。
『指先の実験で得られたデータだけでは、胸部を安定させるには不十分でした』
「じゃあ、失敗か?」
『いいえ』
ノアの返答は、意外にも即答だった。
『ここまでで、必要な修正点が分かりました』
「……つまり?」
『術式を組み替えます。胸部を最後に回し、先に四肢と頭部の制御を安定させます』
「そんなことができるのか?」
『試算では可能です』
ノアの声に、わずかな自信が戻っていた。
『ただし、その分、マスターにはかなりの負担がかかります』
創は苦笑した。
「ここまで来て、それを気にするのか?」
『私は気にします』
「……分かった。任せる」
『承知しました』
再び、魔力が流れ始めた。
右腕。
左腕。
両脚。
そして――頭部。
身体の各所が、少しずつ硬質化していく。
先ほどよりも明らかに安定していた。
「……すごいな」
自分の身体なのに、自分のものではないような感覚だった。
力が増している。
それだけは、はっきりと分かる。
指を握る。
――ギシッ。
無意識に力を込めただけで、指の関節から妙な音が鳴った。
「……今、握っただけだぞ」
『握力が通常時の数倍に上昇しています』
「数倍って……」
創は思わず自分の手を見つめた。
そのとき。
『マスター。胸部の準備が整いました』
「――分かった」
最後の工程。
創は大きく息を吸った。
「いける」
『では、開始します』
胸部へ魔力が流れ込む。
「――っ!」
強烈な圧迫感。
だが、今度は違った。
ノアが魔力の流れを細かく調整している。
一気に押し込むのではなく、少しずつ。
身体の反応を確認しながら。
ほんのわずかな変化さえ見逃さず、魔力を調整していく。
「……まだ、いける」
『心拍、安定』
「そのまま……続けてくれ」
『はい』
魔力が身体の中心へ集まり――
次の瞬間。
全身を、一気に何かが駆け抜けた。
「――っ!」
創の身体が大きく震える。
だが、今度は痛みではなかった。
力だった。
身体の奥底から、これまで感じたことのない巨大な力が湧き上がってくる。
「……これが……」
ゆっくりと、目を開く。
暗い坑道が、先ほどまでとは違って見えた。
劇的に明るくなったわけではない。
だが、細かな部分まで、妙にはっきりと認識できる。
岩壁の凹凸。
床に落ちた小石。
遠くで揺れる魔導ランプの光。
「視覚にも変化が出ています」
『はい。ただし、詳細な検証は後日にしてください』
「分かった」
創は右手を握った。
ギュッ、と拳が締まる。
その感覚だけで、以前とはまるで違うことが分かった。
「……身体が、重い」
『重量そのものは大きく変化していません。ただし、身体全体の出力密度が上昇しています』
「なるほど……」
創はゆっくりと、一歩踏み出した。
――ズン。
靴底が、床へ深く沈み込む。
「……え?」
「床が……」
『踏み込みの力が強すぎます』
創は慌てて力を抜いた。
「これ、普通に歩くだけでも難しいぞ」
『はい。全身の出力を、まだ制御しきれていません』
「じゃあ、少し試す」
創は坑道の壁へ向き直った。
拳を握る。
そして――
軽く。
本当に軽く、拳を当てた。
――ズンッ。
低い音が響く。
拳が触れた場所から、蜘蛛の巣状の亀裂が走った。
「……」
創は、無言で拳を見つめた。
「……軽く当てただけだぞ」
『はい』
ノアの声にも、驚きが混じっていた。
『出力は、予想値を大きく上回っています』
「……すごいな」
自分の身体なのに、まるで別人のものを操っているようだった。
そのとき。
『マスター』
「ん?」
『魔力消費速度が急上昇しています』
「――あと、どれくらいだ?」
『現在の状態を維持できるのは、長くても数分程度です』
創は自分の身体を見下ろした。
腕には、薄い硬質化した質感が浮かんでいる。
ところどころに、淡い光の筋が走っていた。
「……数分か」
『はい』
「思ったより短いな」
『初回ですから』
ノアは静かに続けた。
『むしろ、初回で全身のゴーレム化状態を安定させられたこと自体が、異常な成功率です』
「それって、褒めてるのか?」
『マスターと私の双方を、です』
創は小さく笑った。
だが、その直後。
身体から力が抜けた。
「――っ」
膝をつく。
硬質化していた皮膚が、ゆっくりと元へ戻っていく。
淡い光も消えていった。
「……終わった、か」
『はい。強制解除ではありません。マスター自身の魔力残量が、維持限界に達しました』
「……なるほど」
創はその場に座り込み、荒い息を吐いた。
全身が重い。
指先の実験とは比較にならない疲労だった。
それでも――
「……できたな」
『はい』
ノアの返事は、いつもより少しだけ柔らかかった。
『全身ゴーレム化。初回実験は成功です』
「……成功、か」
創は自分の手を見つめた。
ほんの数分。
魔力を大量に消費する。
身体の制御にも慣れていない。
まだ、実用化には程遠い。
それでも。
確かに、できた。
「ノア」
『はい』
「俺……もう一度やれるよな」
『もちろん可能です。ただし、次回までに最低でも数日は身体を休ませてください』
「数日か……」
『異論は認めません』
「……分かったよ」
創は苦笑した。
そして、ゆっくりと立ち上がった。
全身ゴーレム化。
それは、完成した力ではない。
まだ始まったばかりの、不安定な力だ。
けれど創にとっては、それで十分だった。
これまで「ハズレ職」と呼ばれてきたゴーレムマスター。
誰にも期待されなかった、自分のスキル。
その先に、こんな可能性が眠っていた。
「――面白くなってきたな」
創は、初めて心の底から笑った。
そしてノアもまた、静かに告げた。
『はい、マスター』
『ここからが、本当の研究です』
第13話、お読みいただきありがとうございます。
胸部で一度立ち止まり、作戦を練り直してから再挑戦する――そんな、地道な試行錯誤の末に辿り着いた、全身ゴーレム化でした。
「面白くなってきたな」という主人公の一言に、これからの展開への期待を重ねていただけたら嬉しいです。
次話でも、この新しい力と向き合う日々が続きます。




