第12話 研究
指先の実験から、数日が過ぎた。
創とノアは、同じ旧坑道の奥で、慎重に検証を重ねていた。
「――今日で、五回目か」
「はい」
創は右手を持ち上げる。
「準備できた」
『では、前回と同じ手順でお願いします。魔力の流量はこちらで調整します』
「了解」
創は目を閉じた。
意識を右手の人差し指へ集中させる。
ゆっくりと魔力を流す。
指先が、じわりと熱を帯びた。
そして――。
皮膚の表面が、淡い光を帯びながら硬質化していく。
「……できた」
『成功しています』
創は目を開いた。
見た目は、ほとんど変わらない。
だが、指先に力を込めると、明らかに違う感触が返ってくる。
創は岩壁に指先を当てた。
ガリッ。
乾いた音が響き、岩肌に一本の傷が刻まれる。
「……前より深いな」
『はい。前回よりも、魔力の流れが安定しています』
「痛みも、かなり減った」
『それも確認しています』
ノアが記録を整理する。
『初回と比較すると、同じ硬質化状態を維持するために必要な魔力量が減少しています』
「身体が慣れてきた、とか?」
『その可能性はあります。ただ、正確には――』
少し間を置いて、ノアが続けた。
『マスター自身が、魔力の流れを制御することに慣れてきた、と考える方が妥当です』
「なるほどな」
最初の実験では、魔力を流すだけでも精一杯だった。
だが今では、どこへ、どの程度の魔力を流せばいいのか、感覚的に分かり始めている。
「つまり、俺自身の操作が上達してるってことか」
『はい。少なくとも、現在確認できている範囲では』
創は小さく笑った。
「ゴーレムマスターの訓練が、こんなところで役に立つとはな」
『それだけではありません』
「ん?」
『この状態を維持している間、マスターは通常よりも魔力の流れを細かく意識する必要があります。その結果、通常のゴーレム化に対する制御精度にも、わずかな向上が見られています』
「……本当か?」
『はい』
それは、思いがけない発見だった。
自己ゴーレム化の研究が、通常のゴーレム操作にも繋がっている。
創は少しだけ嬉しくなった。
「なら、無駄じゃないな」
『ええ。研究する価値は十分にあります』
創は硬質化した指先を眺めた。
そして、ふと疑問が浮かぶ。
「なあ、ノア」
『はい』
「この状態って、どれくらい持つ?」
『現在の条件では、およそ五分前後です』
「やっぱり時間制限があるか」
『はい。正確には、時間そのものに制限があるわけではありません』
「どういうことだ?」
『硬質化した状態を維持するためには、継続的に魔力を消費しています』
「つまり、魔力がなくなるまで」
『その通りです』
創は自分の右手を見つめた。
「魔力を送り続ければ、もっと長く維持できる?」
『理論上は可能です。ただし、長時間の維持が安全だとは限りません』
「……なるほど」
一度発動すれば永続する能力ではない。
必要なときだけ使い、魔力が尽きる前に解除する。
それが今のところの基本になりそうだった。
「じゃあ、出力は?」
『初回より向上しています。ただし、こちらも魔力消費量との兼ね合いがあります』
「強くすれば、その分だけ消費が増える」
『はい』
「便利なだけじゃないな」
『元々、ゴーレム化は魔力を対象へ流し込むことで成立する術式です。マスター自身を対象にした場合も、その基本原理は変わりません』
創は頷いた。
そして、もう一つ。
「副作用は?」
ノアの声が、少しだけ低くなった。
『今のところ、長期的な異常は確認されていません』
「今のところ、か」
『はい』
その言葉には、慎重な響きがあった。
『これまで行ったのは、指一本を対象とした短時間の実験だけです。全身に適用した場合に何が起きるのかは、まだ分かりません』
創は黙った。
指一本。
それだけでも、初回の実験では激痛に襲われた。
もし、それが全身になったら。
「……魔力消費も、単純に増えるんだよな」
『はい。ただし、単純な比例になるとは限りません』
「というと?」
『対象範囲が広くなるほど、術式そのものの制御も複雑になります。指一本では問題にならなかった誤差が、全身では大きな負荷になる可能性があります』
「……なるほど」
ノアの言っていることは理解できた。
指一本なら、小さなズレで済む。
だが全身なら、そのズレが身体全体に影響する。
創は右手を握った。
「それでも……」
『はい』
「ここまでやってきたなら、先を知りたい」
しばらく沈黙が続いた。
やがて、ノアが静かに口を開く。
『……実は、私も一つ気づいたことがあります』
「何だ?」
『これまでのデータを解析した結果、生体を対象としたゴーレム化そのものが不可能なのではない、という可能性が高まりました』
創の目が見開かれる。
「つまり――」
『はい』
ノアは慎重に言葉を選んだ。
『少なくとも、術式そのものは成立しています』
「……全身でも?」
『そこまでは、まだ言えません』
ノアの返答は、明確だった。
『指先の成功を、そのまま全身に当てはめることはできません。むしろ、全身化には別の問題が発生すると考えるべきです』
「別の問題?」
『魔力の循環です』
「循環?」
『指先だけなら、局所的に魔力を送り込み、維持することができます。ですが全身の場合、身体全体へ魔力を行き渡らせる必要があります』
ノアが一度、言葉を切った。
『そのためには、現在の術式を大幅に組み替える必要があります』
創は、ゆっくりと息を吐いた。
「……まだ、簡単にはいかないか」
『はい』
「でも、道はある」
『……可能性はあります』
その言葉に、創は小さく笑った。
「十分だ」
『マスター』
「ここ数日で分かったことがある」
創は硬質化した右手を見つめた。
「俺は、ゴーレムを使うしかないと思ってた」
ゴーレムマスター。
ハズレ職。
他人が作ったゴーレムを、何とか使いこなすしかない。
ずっと、そう思っていた。
「でも違った」
創は、自分の指先を軽く握る。
「ゴーレムを使うんじゃない」
「――自分自身が、ゴーレムになればいい」
ノアは何も言わなかった。
創は続ける。
「まだ無理なのは分かってる。危険なのも分かってる」
「だから、研究する」
「もっと安全に。もっと効率よく。失敗しても取り返しがつくところまで」
しばらくの沈黙。
やがて、ノアが答えた。
『……承知しました』
その声には、いつもの冷静さが戻っていた。
『では、次の段階として、全身への適用を想定した術式の設計を始めます』
「頼む」
『ただし』
「ん?」
『実際の全身化については、私が安全だと判断するまで実行を許可しません』
創は苦笑した。
「分かったよ」
『本当に分かっていますか?』
「分かってるって」
『……なら、よろしいのですが』
創は小さく笑った。
右手の硬質化を解除する。
淡い光が消え、いつもの手に戻った。
指先から始まった小さな実験。
それはまだ、ほんの一歩に過ぎない。
だが、その一歩によって、これまで存在しなかった道が見え始めていた。
創は旧坑道の暗闇を見つめる。
――もっと強くなりたい。
ただ強くなるだけではない。
自分の力を、自分自身で理解し、制御する。
その先に何が待っているのか。
今の創には、まだ分からなかった。
それでも――。
研究を続ける理由なら、もう十分にあった。
第12話、お読みいただきありがとうございます。
指先の実験を、五回、丁寧に積み重ねていく回でした。
地味に見えて、実は「ゴーレムを使うのではなく、ゴーレムになる」という、この物語の核心に繋がる気づきが詰まっています。
次話では、いよいよ全身への挑戦です。どうぞお楽しみに。




