EP 9
将軍の憂鬱
焚き火の爆ぜる音が、夜の静寂に響く。
猪肉で腹を満たした三人の間に、先ほどまでの賑やかさは消え、重厚な沈黙が降りていた。
信長はメビウスを深く吸い込み、紫煙を夜空に逃がした。
「……で、竹千代。大将自らお忍びで、俺みたいな得体の知れない奴をスカウトするんだ。相当厄介な『ゴミ』が溜まってるんだろ?」
その言葉に、家光(竹千代)は焚き火を見つめたまま、静かに頷いた。
「左様。余の治めるこの江戸は、表向きは太平を謳歌しておるが……その足元には、法の網を潜り抜け、民の血を啜る寄生虫どもが蔓延っておる。特に、北町奉行配下の与力、跡部剛蔵……奴は性質が悪い」
信長は黙って先を促す。
「奴は裏でヤクザ者と繋がり、私服を肥やすのみならず……年若い娘を借金のカタに攫い、自らの屋敷に囲うておるとの噂がある。余が調べさせようにも、奉行所内部にまで根を張っており、公式な動かぬ証拠が掴めぬのだ」
家光の拳が、膝の上で固く握りしめられた。
「余が直々に断罪すれば済む話よ。だが、政治には手続きが必要だ。確たる証拠もなく闇雲に動けば、幕府の権威を損ない、ひいては世の混乱を招く。……十兵衛、そなたからも説明せよ」
「ハッ。竹千代殿……いや、上様」
十兵衛は腕を組み、隻眼の奥で鋭い光を宿して口を開いた。
「拙者も、隠密組織(御庭番)とは別に独自に探っておりました。跡部の屋敷はまさに要塞。腕利きの用心棒を数十人雇い、警護に隙はありませぬ。拙者一人でも斬り込めますが……それでは娘たちの命を危険に晒すことになりかねぬ」
信長はタバコの灰を落とし、冷徹な軍人の瞳で焚き火の炎を見据えた。
「なるほどな。……要するに、『法では手出しできないが、野放しにすれば実害が出続ける重要ターゲット』ってわけだ。親父の言ってた通りだな。地獄は現場にしかねぇ」
信長は金色のライターをカチリと弄りながら、立ち上がった。
「竹千代。アンタがトップとして『大義名分』と『事後処理』を引き受ける覚悟があるなら、俺がその屋敷を『制圧』してやる」
「ほう……信長よ、具体的にどう動くつもりだ?」
家光が問いかけると、信長は地面に小枝で屋敷の図面のようなものを描き始めた。
「証拠がねぇなら、直接乗り込んで『裏帳簿』をパクる。娘が攫われてんなら、そいつを最優先で救出(VIPレスキュー)する。警護が数十人? 関係ねぇな。レンジャーの突入戦術は、数の暴力を無力化するためにある」
信長は十兵衛を見た。
「十兵衛。アンタには現場の『見取り図』と『警備ルート』の完全な把握を頼む。アンタの観察力は世界レベルだ。頼りにしてるぜ」
「……承知した。拙者の目で見えぬ死角はないと心得よ」
十兵衛が不敵に笑う。
「よし、竹千代。アンタは最後の『正体明かし』までお楽しみだ。悪徳奉行の目の前で、アンタの『葵紋入りの刀』をチャキッと鳴らしてやれよ。その後の改易・処断はアンタにしかできねぇ仕事だ」
家光は、信長の提示した「役割分担」という合理的な考え方に驚きつつも、腹の底から湧き上がる興奮を感じていた。
「はっはっは! 実に面白い! 余が現場の戦術に組み込まれるとはな。よかろう、信長。その策、全面的に余が認める。跡部剛蔵の屋敷……江戸の闇を、余ら三人の手で一掃してくれようぞ!」
信長は最後の煙を吐き出し、タバコの火を消した。
「作戦名……『暴れん坊レンジャー』だ。……準備しろ、十兵衛。江戸で最初の『地獄』をあいつらに見せてやる」
最強の悪友トリオによる、初陣の夜が近づいていた。




