EP 10
作戦会議
江戸のはずれにある、うらぶれた廃寺。
そこは柳生十兵衛が密かに隠れ家として使っている場所だった。
埃っぽい堂内の床に、一枚の大きな和紙が広げられる。
十兵衛が自ら筆を執り、わずか数時間で描き上げた『跡部邸の見取り図』である。
「……流石だな、十兵衛。ドローンの偵察映像より正確じゃねぇか」
信長はG-SHOCKのバックライトで手元を照らしながら、感嘆の声を漏らした。
和紙には、屋敷の間取りだけでなく、庭石の配置、堀の深さ、さらには見張り台の位置まで詳細に記されている。
「拙者の『目』を誤魔化せる壁など、この江戸にはない。……上様、説明いたします」
十兵衛が小枝で見取り図を指す。
「敵の総数は約三十。すべて跡部が裏金で雇った腕利きの浪人どもです。攫われた町娘が軟禁されているのは、屋敷の最も奥にある『離れ』。そして、我らが狙うべき『裏帳簿』は、跡部の寝所にある隠し金庫の中と見て間違いありませぬ」
「うむ……」
腕を組んで図面を見つめる家光の顔は、一国の最高権力者としての険しい表情になっていた。
「よいか、二人とも。ただ乗り込んで跡部を斬り捨てるだけなら、暗殺と変わらん。それだけでは、奴に連なる腐った役人どもの根を断つことはできぬのだ。裏帳簿という『動かぬ証拠』を手に入れ、余が公の場で裁きを下す。それで初めて、この江戸の病巣を一つ取り除ける」
家光の言葉に、信長は深く頷いた。
「同感だ、竹千代。ただの殺戮戦じゃ、三流のテロリストと同じだ。……よし、状況は把握した。これより突入作戦のブリーフィング(作戦会議)を開始する」
信長は小枝を十兵衛から受け取ると、見取り図の上に何本もの直線を引いた。
「まず、今回の作戦目標は二つ。『VIP(町娘)の救出』と『裏帳簿の確保』だ。これを達成するための交戦規定(ROE)として、一つルールを決める」
信長は家光と十兵衛の顔を交互に見据えた。
「――末端の用心棒どもは、極力『殺すな』」
「……何?」
「峰打ちか? 刀を持った三十人の猛者を相手に、それはいくら何でも甘かろう」
十兵衛が眉をひそめる。だが、信長は首を横に振った。
「甘いからじゃない、合理的だからだ。殺せば血が出る。血で床が滑れば、突入の速度が落ちる。それに、末端の雑魚とはいえ死体が増えれば、後で竹千代が政治的に処理する時に面倒が増えるだろ?」
その言葉に、家光が「なるほど」と呟く。
「……確かに。余が乗り込んだ屋敷で死体の山が築かれれば、幕府の威信に関わるか」
「そうだ。だから奴らは、骨を折るか、脳震盪を起こさせて無力化する。俺の『北辰無双我流』と、十兵衛の圧倒的な剣術なら可能だろ?」
「……ふっ、よかろう。峰打ちで三十人を無力化せよとは、なかなか骨の折れる注文だが……やってやれぬ拙者ではない」
十兵衛が不敵に笑うのを見て、信長はニヤリと口角を上げた。
「頼もしいぜ。で、具体的な突入ルートだが……小細工はなしだ。正面の門から、堂々と突破する」
信長の指が、図面の正面玄関をドンッと叩いた。
「三十人がバラバラに配置されてるなら、一度に相手にするのは厄介だ。だが、正面から派手に音を立てて突入すれば、敵は勝手に一箇所に集まってくる。そこを『通路』に誘い込んで、一網打尽に制圧する」
「敵をあえて一点に集めるというのか。……大胆な戦術よな」
「親父(真一)の受け売りだけどな。『兵力で劣るなら、戦場を限定しろ』ってやつだ。……俺が先頭に立って扉を蹴破り、敵の注意を全て引く。十兵衛は俺の死角をカバーしながら、遊撃に回ってくれ」
そこまで一気に説明し、信長は最後に家光を見た。
「竹千代。アンタには、一番美味いところを任せる」
「ほう? この余に何をさせるつもりだ?」
「俺と十兵衛が道を切り拓く。アンタは将軍らしく、俺たちの後ろを堂々と歩いてきてくれ。そして、一番奥で震えてる跡部を壁際に追い詰めたら……アンタの腰にある『葵紋入りの刀』をチャキッと鳴らして、正体を明かしてやれ」
家光の目が、驚きと、そして隠しきれない歓喜に大きく見開かれた。
「最高の大義名分は、最後の最後まで取っておくんだ。跡部が一番絶望するタイミングでな」
「……くくっ。はーっはっはっは!!」
廃寺の堂内に、家光の腹の底からの笑い声が響き渡った。
「将軍である余を囮とし、戦術の駒として使うとは! 坂上信長、お主という男は……本当に底が知れぬわ! よかろう、その采配、余が見事に全うして見せようぞ!」
「やれやれ……竹千代殿まで完全に童の顔になっておられる」
十兵衛は呆れたように首を振ったが、その一重の目もまた、これから始まる「嵐」への期待で爛々と輝いていた。
「よし、ブリーフィングは終了だ。G-SHOCKの時計で……いや、草木も眠る丑三つ時だな」
信長は立ち上がり、腰の『夕日丸』をポンと叩いた。
「準備しろ。江戸の悪党どもに、本物の『制圧』ってやつを教えてやる」




