EP 8
戦士の肉料理(兵站の確保)
「……正気か。お主、素手で猪を仕留めたと申すのか」
江戸城の北西に広がる、深い雑木林。
柳生十兵衛の、呆れと感嘆が入り混じった声が静寂を叩いた。
その視線の先には、優に百キロは超えるであろう巨躯の猪が、喉元を潰され、物言わぬ肉の塊となって転がっていた。その傍らで、信長は迷彩服の袖をまくり上げ、平然と額の汗を拭っている。
「弾を使うのは勿体ないからな。夕日丸を脂で汚すのも避けたかった。突進をいなし、喉を絞めて落としただけだ。……レンジャーの山岳サバイバル訓練に比べれば、造作もない」
「のどをしめる……? ええい、南蛮の術法は知らぬが、猪を組み伏せて仕留める武士など聞いたこともないわ」
お忍び姿の家光――竹千代は、倒れた猪を鋭い眼光で見下ろしながら、小さく口角を上げた。
「……面白い。獣の理を力でねじ伏せるとは、まさに戦場の荒業よな。余も多くの武芸を見てきたが、これほど野性味に溢れた狩りは初めてだ」
「余、じゃねぇ。今は竹千代だろ。……さて、血抜きは済ませた。さっさと解体して焼くぞ。腹が減ってちゃ、地獄は歩けねぇからな」
信長は手際よく猪を捌き、分厚い赤身と脂ののった肉のブロックを切り出した。河原の平らな石を焚き火で熱し、天然の石板とする。そこに脂を引くと、ジュワァァッ! という猛々しい音と共に、獣肉特有の濃厚な香りが立ち上った。
「うむ……獣の肉は忌まれるものだが、この香りはどうだ。十兵衛、食欲をそそるではないか」
「……左様にござる。親父殿(宗矩)が見れば眉をひそめましょうが、拙者の五感も、この肉を欲しております」
普段、野菜や魚を上品に食す彼らの前に、信長は迷彩服のポケットから『魔法の粉』――自作の万能スパイスを取り出した。
「戦(任務)の基本は兵站だ。極限状態でも士気を維持するために、俺は常にこれを持ってる」
プラスチックの小瓶に入った、塩、黒コショウ、ガーリック、ハーブのブレンド。
熱せられた肉にそれを振りかける。瞬間、焦げたニンニクと刺激的なコショウの香りが爆発的に広がり、家光と十兵衛の理性を揺さぶった。
「食ってみろ。飛ぶぞ」
切り分けられた熱々の肉片を、木の葉の皿に乗せて差し出す。
家光は、毒見も通さぬ野趣溢れる肉を、躊躇いなく口に運んだ。
そして、一噛みした瞬間――家光の双眸が、雷に打たれた如く見開かれた。
「…………ッ!!」
「……上様!? いかがなされました!」
「……見事だ」
家光は震える声で、絞り出すように言った。
「なんだ、これは……。肉の旨みが、この『すぱいす』なる粉の刺激と共に、体中を駆け巡る……! 余がこれまで食してきた料理は、これに比べれば上辺だけの飾りに過ぎなかった。噛みしめるたびに力が湧く。これぞ、真に武士を養うための食法よな!」
十兵衛もまた肉を口に含み、あまりの衝撃に無言で天を仰いだ。
「だろ? 肉とスパイスの組み合わせは、最高のエネルギー補充なんだよ」
信長も分厚い肉に齧り付く。
(……チッ。結局、ここでも親父の教えに助けられてるな。『美味いメシは部下の命を繋ぐ』……かよ)
信長は苦笑しながら、食後のメビウスに火をつけた。
焚き火を囲み、腹を満たした三人の男。紫煙が漂う中、家光の顔には、一国の最高権力者としての、鋭く重厚な影が戻っていた。
「……信長よ。お主のその『武力』と、常世にはない『戦術』。……余のために、振るってみる気はないか?」
家光の言葉は、もはや遊びの誘いではなかった。
「法では裁けぬ悪が、この江戸の闇に蠢いている。それを、余と共に、十兵衛と共に、叩き潰してはくれぬか」
「……余、って言っちまったな、竹千代。まぁいい。大将が現場に立つってんなら、部下は応えるのが礼儀だろ」
信長は金色のライターをカチリと鳴らし、不敵に笑った。
最強の悪友トリオによる、江戸の闇を切り裂く『裏の成敗』が、ここに幕を開けた。




