EP 3
抜く価値もねぇ
「カチッ」
澄んだ金属音と共に、信長の右手に握られた黄金の小箱から、オレンジ色の炎が立ち上った。
「なっ……!?」
火打ち石も使わず、指先一つで火を生み出す光景。江戸時代の人間からすれば、それはまごうことなき『妖術』だった。
一瞬、門下生たちの動きが完全に止まる。
実戦において、その「一瞬の硬直」は致命傷に直結する。
「……隙だらけじゃのう」
タバコに火をつける動作から流れるように、信長の巨体が地を這うような低い姿勢で前傾した。
「ええい、妖術使いめ! 騙されるな、斬り捨ていッ!」
我に返った先頭の男が、上段から日本刀を振り下ろす。
柳生新陰流の洗練された太刀筋。無駄のない、美しい剣術だ。
だが——。
(お遊戯会かよ)
殺し合いの泥濘を知るレンジャーの目から見れば、それはあまりにも『行儀が良すぎた』。
信長は抜刀しない。
振り下ろされる刃の軌道を紙一重で見切り、一歩、深く相手の懐へと踏み込む。北辰一刀流の神速の踏み込みだ。
「抜く価値もねぇわ。おんどりゃあ、腰の飾り(刀)を振るのが遅すぎるんじゃあ!」
ガラ空きになった男の顎へ、下からカチ上げるような強烈な掌底を叩き込む。
ゴッ! という重い衝撃音が響き、男は白目を剥いて崩れ落ちた。脳震盪。完全に意識を刈り取った。
「なっ……!? き、貴様ァ!」
残る二人が逆上し、左右から同時に斬りかかってくる。
信長は左手で腰の『夕日丸』の鞘を掴むと、鞘のままカァン! と右側の男の刃を弾き飛ばした。
同時に、左側の男の腕を絡め取る。自衛隊徒手格闘(CQC)における冷酷な関節技だ。
「がァァッ!?」
「親父の地獄に比べりゃ……」
ギリィッ、と肩の関節が限界まで軋む音。
そのまま相手の勢いを利用して、一切の慈悲なく背負い投げを敢行する。
ドゴォォォンッ!!
男の背中が江戸の固い土に激突し、肺から空気が弾け飛んだ。
ものの数秒。剣術の名門であるはずの門下生三人が、抜刀すらしていない素手の男に、無傷で完全に制圧された。
信長がゆっくりと立ち上がり、乱れた迷彩服の襟を直した、その時だった。
『ピッ、ピッ』
突然、信長の左腕から無機質な電子音が鳴り響いた。
G-SHOCKの時報だ。
「ひぃっ……!?」
腕の関節を極められ、地面で呻いていた男が、その音を聞いて顔面を蒼白にした。
「か、体の中から奇妙な音が……!? や、やはり妖術使い……化け物だァァッ!」
男は気絶した仲間を放り出し、腰を抜かしながら這うようにして逃げていった。
「……おいおい、仲間を見捨てて逃げるのかよ。軍隊なら即刻懲罰モンだぞ」
信長は呆れたように溜息をつき、先ほど火をつけたメビウスを深く吸い込んだ。
紫煙を江戸の空に吐き出しながら、周囲を見渡す。遠巻きに見ていた町人たちが、怯えた顔で蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「……さて。派手に暴れちまったが、この時代の『警察』みたいな奴らに追われるのは面倒だな」
G-SHOCKの盤面を確認するが、当然ながらGPSも通信も繋がらない。
この騒動が、江戸の剣術界——ひいては幕府の中枢を巻き込む大事件の火種になるとは、この時の信長はまだ知る由もなかった。




