EP 2
ここはどこだ、状況を開始する
電柱がない。アスファルトがない。
行き交う人々の足元は草鞋か下駄で、空にはスモッグ一つない青空が広がっている。
「……夢、じゃねぇな」
頬をつねるまでもない。
肌を撫でる風の温度、鼻を突く土埃と馬糞の入り混じった匂い。
レンジャー部隊で培った五感が、ここが現代日本ではないと強烈に告げていた。
(親父の野郎……俺をどんだけ深い地獄に落とせば気が済むんだ)
軽く頭を掻き、自衛隊支給の迷彩服のポケットから再びメビウスを取り出す。
状況が読めない以上、まずは情報収集だ。
レンジャーにとって、パニックは即座に死を意味する。常に冷静に、最悪の事態を想定して動く。それが鉄則だ。
「おい、待てッ! そこの不審な輩!」
情報を集めようと腰を上げた矢先、背後から鋭い声が飛んできた。
振り返ると、いかにも「武士」といった様相の男が三人、こちらを睨みつけていた。
揃いの道着に身を包み、腰には立派な大小の刀。歩き方や重心の置き方を見るに、ただの素人ではない。どこかの道場の門下生といったところか。
「なんだ、その奇妙な格好は!? 南蛮の作りとも違うようだが……貴様! 名を名乗れ!」
先頭に立つ、一番体格の良い男が威圧的に怒鳴る。
周囲を歩いていた町人たちが、関わり合いになるのを恐れてサッと道をあけた。
信長はくわえていたメビウスを指に挟み、面倒くさそうに首を鳴らした。
「あ? 坂上信長だが?」
その名前を口にした瞬間、門下生たちの顔色が劇的に変わった。
怒り、驚愕、そして殺意。
「な、なにィ!? 上総介様……織田信長公の名を騙るか!?」
「恐れ多くも、神君家康公の盟友を呼び捨てにするとは……この無礼者めッ!」
「その腰の不気味な赤い刀も妖術の類か! 貴様、ただの悪戯では済まさんぞ。抜けいッ!」
チャキッ、と鯉口を切る音が響く。
三人の門下生が、一斉に殺気を放って刀の柄に手をかけた。
距離、約三メートル。
相手は三人。得物は日本刀(実剣)。
信長は、レンジャーとしての戦術眼(OODAループ)を瞬時に回す。
重心のブレはない。それなりに厳しい稽古を積んでいるのだろう。
……だが、親父(真一)が本気になった時の、あの息の根を止められるようなプレッシャーに比べたら、そよ風みたいなものだ。
「……なんだ? やんのか?」
信長の口調から、標準語の丁寧さがスッと消え失せた。
「せっかくの休憩時間じゃいうのに……。おどりゃあ、誰の前で粋がっとるんか分かっとんか?」
迷彩服のポケットから、金色のオイルライターを取り出す。
親父から譲り受けた『夕日丸』の柄には、一切手をかけない。
「刀を抜くいうことは、殺し合い(クリアリング)の合図じゃぞ。……地獄を見る覚悟、できとるんじゃろうな?」
江戸の空の下、1等陸尉・坂上信長の『戦闘スイッチ』が完全に切り替わった。




