EP 4
小野派一刀流という対抗馬
桔梗屋の裏手で浪人どもを気絶させた信長と十兵衛は、お光を店へと送り届けた後、再び柳生屋敷の離れへと戻っていた。
そこに待っていたのは、信長が手配した極上の雉肉の匂いに釣られて、またしてもお忍びでやってきた将軍・家光(竹千代)であった。
「……なるほど。小野派一刀流を騙る、いや、実際に籍を置く者が町人を脅し、抜け荷(密輸)の足場を固めておるか」
家光は、信長が差し出した新たな雉の串焼きを掴み、鋭い眼光で庭の闇を睨みつけた。その横では、報告を受けた松平信綱(知恵伊豆)もまた、厳しい表情で腕を組んでいる。
「上様。これは単なる無頼漢の悪事ではございませぬ」
信綱の静かな声が、夜の空気を張り詰めさせる。
「小野派一刀流の現当主・小野忠常は、柳生を『腰抜けの活人剣』と蔑み、ことあるごとに指南役の座を我が物にと画策しております。そして、その小野派の背後には、幕府の財政を握る勘定奉行・稲葉大隅守の影がございます」
「稲葉か……」
家光の口から、苦々しげな声が漏れた。
「奴が小野派を抱き込み、抜け荷の巨利を貪っているというのだな? その金を何に使う気だ」
「言うまでもございません。派閥を広げ、老中(幕府最高幹部)の座を強引に奪い取るための軍資金にございます。柳生が信長殿の一件で揺れている今こそ、奴らにとって好機。ここで小野派が功績を挙げれば、柳生を排し、稲葉が幕府の権力を掌握することになりかねませぬ」
信綱の冷徹な政治分析に、十兵衛は自身の刀の柄を固く握りしめた。
「……政治の道具に流派の誇りを使われるとは、反吐が出ますな」
そんな重苦しい空気の中、信長は七輪の網の上でジューッと音を立てる肉に、これまた現代の万能スパイスをファサッと振りかけた。焦げたニンニクの香りが周囲を包み込む。
「要するにだ」
信長は焼き上がった肉を口に放り込み、咀嚼しながら言った。
「その稲葉とかいう政治屋が、小野派っていう突撃部隊を使って、江戸の物流を乗っ取ろうとしてる。それを叩き潰せば、竹千代の天下も、柳生のブランドも守られるってわけだろ?」
「言葉は不敬だが、その通りだ」
信綱は信長をキッと睨みつけた。
「だが、稲葉は知恵の回る男。公式な証拠がなければ、勘定奉行という要職にある男を動かすことはできん。迂闊に動けば、逆にこちらが『将軍の乱行』として弾劾される恐れもある」
「証拠なら、現場に転がってるさ」
信長はニヤリと、戦闘モードの広島弁を少しだけ覗かせて笑った。
「あいつら、小間物屋の権利書を狙ってた。ってことは、近々『デカい荷物』が湊に入る。その取引現場を押さえて、連判状か裏帳簿をひったくれば作戦完了だ」
信長は十兵衛を見た。
「十兵衛。アンタの隠密ルートを使って、小野派の道場の動きと、湊の監視を頼む。特に、小野派の本物の『使い手』がどこに配置されてるか、正確な情報が欲しい」
「……承知した。小野派の『切り落とし』、その本質を極めた者が必ず黒幕の傍におるはず。拙者の目で、その正体を暴いてみせよう」
十兵衛が隻眼を爛々と輝かせる。
「よし、竹千代。アンタは城でどっしり構えててくれ。今回は前回のヤクザ崩れとはワケが違う。本物の『人斬り』どもが相手だ。現場のクリアリングは、俺と十兵衛で片付ける」
「はっはっは! 相変わらず余を神輿扱いにするな、信長!」
家光は豪快に笑いながらも、その瞳には将軍としての絶対的な覚悟が宿っていた。
「よかろう。だが、最後の成敗の刻には、必ず余を呼べ。お主たちが命を張って掴んだ証拠、この余が天下の法をもって、盛大に裁いて見せようぞ!」
「おう。一番美味いところは取っておいてやるよ」
信長は食後のメビウスに火をつけた。
チカチリと光る黄金のライターの炎が、三人の悪友と、一人の冷徹な参謀の顔を照らす。
小野派一刀流という、柳生新陰流最大のライバル。
そして、幕府中枢に巣食う巨大な悪。
現代の最強レンジャー・信長による、江戸の権力構造を巻き込んだ『知略と暴力』の第2ステージが、静かに幕を開けた。




