EP 19
事後処理はトップの仕事
「……お、お助けを! 上様ァッ! 出来心でございます! 魔が差しただけで……ッ!」
床に額を擦りつけ、無様に命乞いをする跡部剛蔵。
先ほどまで権力を振りかざし、民を虫ケラのように扱っていた男の見る影もない。
家光は、冷たく見下ろしたままピシャリと言い放った。
「黙れ。民の膏血を絞り、年端もゆかぬ娘を借金のカタに攫い、私腹を肥やす。その上、余に刃を向け、忍びまで飼っておったか。出来心で済むはずもなかろう」
家光は懐から『裏帳簿』を取り出し、跡部の目の前に突きつけた。
「この帳簿の存在こそが、貴様ら腐れ外道どもの首を絞める縄となる。ここに名がある幕閣、大名、ヤクザ者……一人残らず白日の下に引きずり出し、江戸の膿を出し切ってくれるわ」
「ひぃッ……あ、ああ……」
もはや言い逃れは不可能。己の破滅、そして一族郎党の処罰を悟り、跡部は泡を吹いてその場に崩れ落ちた。
「十兵衛。南町奉行所に走れ。余の直筆の書状をしたためる。すぐに捕り方を差し向け、この屋敷の者どもを全て縛り上げよ」
「ハッ。承知仕りました。この帳簿があれば、奉行所の連中もぐうの音も出ますまい」
十兵衛が恭しく頭を下げる。
家光は次に、呆然としている町娘へ歩み寄り、その目線に合わせてゆっくりと腰を下ろした。
「……恐ろしい思いをさせたな。だが、もう案ずることはない。お主の親の借金も、この悪党の不正によるでっち上げだ。すぐに元通りになる」
「う、上様……将軍、様……! ありがとうございます、ありがとうございます……ッ!」
娘が信長の迷彩服を握りしめながら、ポロポロと涙をこぼして平伏する。
その様子を後ろで腕を組んで見ていた信長は、小さく鼻で笑い、パラコード(特殊部隊用の紐)を取り出した。
「よし。これで大将の演説は終わりだ。最後にもう一仕事すっか」
信長は気絶しかけている跡部の背後に回り、両腕を後ろ手に束ねて、パラコードでガッチリと拘束した。現代の警察や軍隊が使う簡易手錠と同じ、絶対に抜け出せない縛り方である。
「よし、対象の完全拘束完了だ。……作戦終了。あとはアンタの仕事だろ、大将」
信長が家光に向かって親指を立てる。
家光は立ち上がり、信長の顔をまじまじと見つめた。
「うむ。お主たちのおかげで、血を流さずに最大の成果を得られた。事後処理はトップであるこの余が、責任を持って引き受けよう」
「……へっ。言うじゃねぇか」
信長は、家光のその『覚悟の決まった顔』に、思わず目を細めた。
脳裏に浮かぶのは、自分を「半人前」と叩きのめした親父・真一の分厚い背中だ。
(『上が腐れば、兵士は地獄を歩けねぇ。だが、上が全ての責任を持つってんなら……兵士は喜んで地獄に飛び込むもんだ』)
肩書きだけのトップじゃない。
自ら現場に立ち、部下が血と汗を流して掴み取った成果を、自身の権力で正しく行使し、社会を良くしようとする男。
「……あんた、立派な大将だよ、竹千代。あんたみたいな上がいるなら、この国も案外悪くねぇかもな」
信長がニヤリと笑って言うと、家光は一瞬ポカンとし、やがて腹の底から愉快そうに笑い声を上げた。
「はっはっは! 天下の将軍に向かって『立派な大将』などと偉そうに評価を下す男は、後にも先にもお主だけであろうな!」
「違いない。信長の無礼はもはや天衣無縫、いっそ清々しい」
十兵衛もまた、肩を揺らして笑った。
三十人の用心棒と三人の暗殺者が転がる異常な空間。
しかし、その真ん中に立つ三人の男たちの間には、成し遂げた者だけが共有できる、爽やかで熱い連帯感が漂っていた。
「……さてと。じゃあ俺は、外で一服させてもらうぜ。タバコは事後までお預けだったからな」
信長は大きく背伸びをすると、Tシャツ一枚の姿で、木端微塵になった襖の残骸を踏み越えて庭へと歩き出した。
東の空が、うっすらと白み始めている。
長く、そして熱い『江戸で最初の夜』が、終わりを告げようとしていた。




