EP 17
非致死制圧とクリアリング
脱臼した手首を押さえ、床をのたうち回る跡部剛蔵。
人質という唯一の盾を失い、三十人の用心棒も全滅した今、彼に残された手札は存在しないはずだった。
だが、死に物狂いになった悪党の執念は、まだ完全に潰えてはいなかった。
「……こ、殺せ! 奴らを殺せェッ! 『影』ども、何をしておる!!」
跡部が血を吐くような声で叫んだ瞬間。
離れの天井板が数箇所、音もなく跳ね上がり、黒装束に身を包んだ三つの影が舞い降りた。
跡部が裏で飼っていた、非合法の暗殺集団(忍び)である。彼らの手には、鈍く光る苦無と、毒を塗られた小太刀が握られていた。
「チッ、まだ伏兵がいたか!」
信長は咄嗟に町娘を背中で庇い、鋭く声を飛ばす。
「竹千代、十兵衛! VIP(人質)のカバーに入れ! 俺が空間を制圧する!」
「承知した! 上様、拙者の後ろへ!」
「うむ、娘の安全を最優先とせよ!」
十兵衛と家光が娘の周囲を固めるのを確認すると同時、信長は黒装束の一人に向かって地を蹴った。
忍びの一人が、信長の顔面を狙って小太刀を突き出す。
だが、信長の動きは、彼らの知る「武芸者」のそれとは全く異なっていた。
直線的な踏み込みではなく、上半身を小刻みに揺らしながら死角へと滑り込む、現代特有の戦術機動。
「……なっ!?」
標的を見失った忍びの腕を、信長は外側から絡め取り、そのまま自身の肩を支点にして強烈な腕挫十字固め(アームバー)をスタンディングのまま極めた。
「ゴキッ!」という鈍い音と共に忍びが悲鳴を上げ、小太刀を取り落とす。信長はすかさず相手の延髄に手刀を叩き込み、一瞬で意識を絶った。
「馬鹿な、影の動きをこうも容易く……!」
残る二人の忍びが、動揺しながらも信長へ向けて毒塗りの苦無を放つ。
「遅ぇよ」
信長は床に転がっていた用心棒の刀を足の甲で跳ね上げ、手元でクルリと回して苦無をガキンッと弾き落とした。
そのまま流れるように前傾姿勢を取り、部屋の隅にある襖の陰へと素早く身を隠す。
「消えた!?」
「どこだ!」
忍びたちが警戒して背中合わせになる。
信長は襖の陰から、壁に沿うようにしてジリジリと足を進めた。視界を少しずつ広げ、安全を確認しながら死角を潰していく技術——現代の特殊部隊が室内戦闘(CQB)で用いる『カッティング・パイ』の動きである。
(……一人、二人。ターゲット確認)
息を殺し、忍びたちの完全に背後を取った信長は、音もなく背後から襲いかかった。
一人の首に腕を回してチョークスリーパー(裸絞め)を極めつつ、もう一人には強烈な前蹴りを浴びせて壁まで吹き飛ばす。
壁に激突して肺の空気を吐き出した忍びの胸ぐらを掴み、容赦のない頭突き(ヘッドバット)を見舞う。
「ガァッ……!」
二人の忍びもまた、一滴の血も流すことなく、完全に昏倒して床に崩れ落ちた。
「……フゥ」
信長は小さく息を吐くと、念のために離れの奥にある隠し部屋や押し入れの扉を次々と開け、敵が潜んでいないかを素早く、かつ徹底的に確認していく。
「よし。空間の制圧、完了だ。……オール・クリア。もうネズミ一匹潜んじゃいねぇ」
信長がTシャツ姿のまま親指を立てる。
その徹底した『安全確保』の動きを、十兵衛は感嘆の眼差しで見つめていた。
「……凄まじいな。剣を持った武芸者だけでなく、闇に潜む忍び相手にも、全く隙を見せずに制圧してしまうとは。あの『死角を一つずつ潰す歩法』……理に叶いすぎている」
「うむ。信長の戦いは、個人の武勇を見せつけるものではない。ただひたすらに、味方の安全と任務の完遂のみを追求した『本物の戦』よな」
家光もまた、信長の背中に、天下を束ねる軍団長に相応しい器の大きさを見ていた。
「ひぃッ……あ、あ、ああッ……!」
部屋の隅。
最後の切り札であった暗殺者たちをも、赤子をひねるように無力化されてしまった跡部剛蔵は、もはや言葉すら発せなくなっていた。
脱臼した手首を押さえ、ガチガチと歯を鳴らしながら、後ずさりすることしかできない。
信長は、床に落ちていた跡部の脇差を拾い上げると、ゆっくりと悪徳奉行の目の前まで歩み寄った。
「さて、オッサン。護衛は全部片付けた。逃げ道も、裏門を縛り上げてるからゼロだ」
信長が冷たい見下ろす視線を向ける。
「あとは、アンタが溜め込んだ『裏帳簿』のありかを吐くだけだ。……言うまでもないが、嘘をついたら、次は手首の脱臼じゃ済まねぇぞ?」
悪事を暴き出すための決定的な証拠。
時代を超えた最強の悪友トリオによる「お裁き」の準備が、いよいよ整おうとしていた。




