EP 15
三匹が斬る! 〜それぞれの戦場〜
「うおおおおッ! 相手はたかが三人だ! やっちまえェッ!」
将軍・家光の鮮やかな一撃に一瞬怯んだ用心棒たちだったが、ヤケクソになったように再び殺到してくる。
十数人の猛者が、狭い離れの空間で一斉に刃を振りかざす。常人ならば、その殺気だけで呼吸が止まるほどの修羅場。
だが、三人の『悪友』たちは、誰一人として笑みを絶やしていなかった。
「上様への不敬、万死に値するが……信長との約束ゆえ、命だけは拾ってやろう」
先陣を切ったのは、隻眼の天才・柳生十兵衛である。
彼に向かって三人の剣客が上段、中段、下段から同時に斬りかかる。完璧な包囲陣。
しかし、十兵衛は慌てることなく、スッと体の軸をずらした。
「遅い。拙者の目で見えぬ死角などないわ」
ヒュンッ! と空気を裂く音が鳴ったかと思うと、十兵衛の刀が銀色の円を描いた。
柳生新陰流・無刀取りの理合を応用した、神速の返し技。
敵の刃が十兵衛の着物の袖を掠めるよりも早く、返された『峰』が三人の手首、鳩尾、そして側頭部を正確に打ち抜いた。
「がはッ……!?」
「あ、ぐ……」
血を一滴も流すことなく、三人の男が糸の切れた傀儡のように崩れ落ちる。
無駄な力の一切ない、芸術的ですらある制圧劇だ。
「見事だ十兵衛! 余も負けてはおられぬな!」
家光もまた、迫り来る敵を前に一歩も退かない。
天下の将軍自らが前線を張るなど、前代未聞。だが、家光の振るう刀には、将軍家の人間だけが持つ『覇気』が宿っていた。
「葵の御紋を前にして退かぬその蛮勇、褒めてつかわす! だが、余の道は塞げぬぞ!」
家光を狙って突きを出してきた男の刃を、家光は刀の平でガァンッと弾き落とす。相手の体勢が崩れた瞬間、踏み込んで柄頭を男の顎に叩き込んだ。
さらに背後から迫った別の男の太刀筋を紙一重で見切り、すれ違いざまに背中へ強烈な峰打ちを見舞う。
「ぐわぁッ!」
「ええい、なぜだ! なぜ当たんねぇ!」
「余の剣は、宗矩から直々に叩き込まれたものだ。貴様らのような泥棒の剣が届くはずもなかろう!」
華麗なる十兵衛の剣と、威厳に満ちた家光の剣。
江戸の武芸の最高峰が躍動する中——信長の戦場だけは、異質な『暴力』の嵐が吹き荒れていた。
「おらァッ! 邪魔じゃあ! 全員まとめてぶち回したるけぇ、歯ぁ食いしばれや!!」
信長は抜刀せず、鞘に収まったままの『夕日丸』を鈍器として構え、敵の密集地帯へ真っ向から突進した。
「死ねェ、南蛮野郎!」
「お遊戯の時間は終わりじゃッ!」
振り下ろされる真剣を、信長は夕日丸の丈夫な鞘で受け止める。
そのまま相手の懐に飛び込み、自衛隊格闘術の強烈なローキック(下段蹴り)を男の膝裏に見舞った。
「ゴバッ!?」
体勢を崩した男の顔面に、容赦のない肘打ち(エルボー)が炸裂する。脳が大きく揺れ、男は白目を剥いて吹き飛んだ。
「ひぃッ!? な、なんだこの体術は……!」
「よそ見しとる暇があるんか!」
驚愕する別の浪人の腕を絡め取り、信長は体を沈めて一本背負いの要領で大外刈りを放つ。
ドゴォォォンッ! という地響きと共に、男の肺から空気が弾け飛んだ。
「寝とれや!」
さらに追い討ちの掌底を叩き込み、完全に意識を刈り取る(ノックアウト)。
剣術の美しい型などそこにはない。
あるのは、敵を最速・最短で『無力化』するためだけに研ぎ澄まされた、現代軍事の冷徹なる近接格闘(CQC)だ。
「はっはっは! 信長の戦い方は、いつ見ても泥臭くて痛快よな!」
家光が敵をあしらいながら、楽しげに笑う。
「竹千代! 大将がよそ見すな! 後ろから来とるぞ!」
「おっと、助言感謝するぞ!」
家光が背後の敵を峰打ちで沈め、十兵衛がその死角を完璧にカバーする。
時代も身分も流派も全く違う三人が、背中を預け合い、まるで長年連れ添った戦友のような絶妙な連携で敵を蹂躙していく。
***
「ば、馬鹿な……。私の集めた精鋭たちが……」
部屋の最奥。
跡部剛蔵は、自分の絶対の盾であった用心棒たちが、たった三人の男によって次々と『気絶』させられていく光景を、ただ震えながら見つめることしかできなかった。
血の匂いが一切しない。それが逆に、相手の底知れぬ実力差を見せつけており、跡部の心を完全にへし折っていた。
「……よし、障害の排除はあらかた済んだな」
数分後。
立っている敵が一人もいなくなった部屋の中央で、信長は小さく息を吐き、標準語に戻って首をゴキキッと鳴らした。
その視線が、部屋の隅で縮こまっている跡部と、その後ろで震えている町娘へと向けられる。
「十兵衛、竹千代。入り口の警戒を頼む。……俺は、VIP(人質)を確保する」
信長は夕日丸を腰に戻し、絶望に顔を歪める悪徳奉行の元へと、ゆっくりと歩みを進めた。




