EP 14
将軍の太刀(チャキ!)
「殺れェッ! そいつらは上様を騙る偽物だ! 斬り捨てろォォッ!」
跡部の狂乱した命令を受け、十数人の用心棒たちが一斉に殺到する。
狭い離れの中で、抜き身の刀がギラギラと不気味な光を反射した。
「チッ、邪魔じゃあ! 全員まとめて……!」
信長が腰を落とし、地獄の番犬のような咆哮と共に飛び出そうとした、その時。
「――待て、信長。ここは余にも楽しませよ」
スッ、と信長の前に片腕が出された。家光である。
一国の最高権力者でありながら、自ら最前線に立つその背中に、信長はわずかに目を見張った。
「竹千代……?」
家光は無言のまま、着流しの帯に差していた一振りの刀に手をかけた。
それは、居酒屋で会った時から彼が帯びていた、一見すると何の変哲もない拵えの刀。
だが、家光が鯉口を切り、親指で鍔を押し上げた瞬間。
チャキッ!
小気味よく、そしてどこまでも澄んだ鋼の音が、喧騒に包まれた部屋を切り裂いた。
鞘から滑り出た白刃が、提灯の明かりを吸い込んで青白く輝く。
そして、刀身の根元――鎺のすぐ上の部分に、黄金色に彫り込まれた精緻な紋様が浮かび上がった。
『三つ葉葵の紋』。
徳川将軍家の、絶対的な権威の象徴である。
「あ、葵の御紋……!?」
先頭を走っていた用心棒が、刃に刻まれた紋に気づき、悲鳴のような声を上げて急ブレーキをかけた。後続の男たちも次々と玉突き事故のように立ち止まり、その場で凍りつく。
「余を偽物と呼び、刃を向けるか」
家光は、刀の切っ先をスッと下段に構えた。
一切の隙がない、洗練された構え。柳生宗矩から直々に叩き込まれた、柳生新陰流の正統なる剣の型である。
「――手向かうならば、容赦はせぬ!」
家光の怒声と共に、張り詰めていた空気が弾け飛んだ。
「ええい、構うな! どのみち退路はないぞ、やっちまえェッ!」
ヤクザ上がりの用心棒の一人が、恐怖を振り払うように叫び、家光に向かって大上段から刀を振り下ろす。
「上様ッ!」
十兵衛が援護に入ろうとするが、信長がその肩を掴んで止めた。
「手ぇ出すな。大将の腕前、見せてもらおうじゃねぇか」
直後。
振り下ろされた凶刃を、家光は最小限の動きで躱した。
そのまま流れるような足さばきで相手の懐に踏み込み、刀の『峰』で、男の首筋にある急所を的確に打ち据える。
「がっ……!?」
巨漢の用心棒が、一撃で白目を剥いて崩れ落ちた。
血は一滴も流れていない。信長の指定した『無力化』の交戦規定を、家光は将軍自ら完璧に遂行して見せたのだ。
「……ほう」
十兵衛の隻眼が、驚きと感嘆に見開かれる。
「あの御方……宗矩殿の厳しい稽古を、あれほど高い水準で修めておられたとは」
「へっ。神輿に乗ってるだけのトップじゃねぇってことだ。親父(真一)のオッサンと同じ匂いがするぜ」
信長は獰猛な笑みを浮かべ、腰の『夕日丸』を鞘ごと引き抜いた。
抜刀はしない。鞘に収めたままの鈍器として振るう構えだ。
「さぁて! 大将が直々に前線を張ってくれてんだ、部下がサボるわけにはいかねぇよなァ!」
信長の広島弁が、再び部屋に轟く。
「十兵衛! 予定通り、VIP(町娘)の保護と部屋の制圧を同時に行うぞ! 遅れんなよ!」
「ふっ、誰に口を利いている。拙者の剣、見逃すなよ!」
将軍・家光。
天才剣士・十兵衛。
最強レンジャー・信長。
三人の猛者が、ついに横一線に並び立った。
跡部剛蔵の絶望の悲鳴を合図に、時代を超えた『三匹が斬る!』の蹂躙劇が、ここに幕を開けたのである。




