EP 11
偵察と配置(事前準備)
丑三つ時。
江戸の町は深い闇と静寂に包まれ、時折遠くで犬の遠吠えが聞こえるだけだった。
北町奉行所与力、跡部剛蔵の屋敷の裏手。
高い板塀の影に、三つの黒い人影が音もなく張り付いていた。
先頭に立つ信長が、無言のまま右手でサインを出す。
『止まれ(ホールド)』、そして『前方確認』のハンドシグナル。
十兵衛はすでにこの軍隊式の合図を完璧に理解しており、音もなく塀の上へと跳躍した。猫のような身のこなしで内側を覗き込み、すぐに降りてくる。
「……裏門の警護は二人。一人は居眠りをしておるが、もう一人は起きている」
十兵衛が声を潜めて報告する。
信長は頷き、G-SHOCKの盤面をチラリと確認した。
「竹千代。アンタはここで数分待機だ。十兵衛、俺のカバーを頼む。……『無力化』する」
言うが早いか、信長は迷彩服の闇に紛れるようにして裏門へと忍び寄った。
忍びの歩法とは違う。だが、ブーツの踵から滑らかに接地するレンジャー特有の歩行術は、落ち葉の音すら立てない。
「ふわぁ……眠いぜ……」
欠伸をした見張りの浪人が、背後の気配に気づいた時にはすでに遅かった。
「……ッ!?」
声を出そうとした瞬間、信長の太い腕が浪人の首に絡みつき、頸動脈を完全にロックする。自衛隊徒手格闘の裸絞め(リア・ネイキッド・チョーク)。
気道を潰さず、脳への血流のみを遮断する完璧な絞め技。浪人は抵抗する間もなく白目を剥き、崩れ落ちた。居眠りしていたもう一人も、信長が放った強烈な掌底を顎に食らい、夢の世界からそのまま深い昏睡へと叩き落とされた。
わずか数秒の、完全なる無音制圧。
背後で見守っていた家光(竹千代)は、思わず息を呑んだ。
「見事だ……。御庭番の者たちよりも速く、そして正確。武芸というより、ひたすらに『敵を排除する』ことに特化した恐るべき技よな」
「あれが、戦場を生き抜くための最も合理的な暴力というわけだ。……拙者も剣を持たずにあれをやれと言われたら、少し骨が折れる」
十兵衛もまた、信長の無駄のない動きに舌を巻いていた。
二人の元へ戻ってきた信長は、持参していた丈夫なパラコード(パラシュート用の紐)を取り出し、裏門の扉を外側から何重にも縛り上げ始めた。
「信長よ、正面から突入するのに、なぜ裏門を塞ぐのだ?」
家光が不思議そうに尋ねる。
「逃走経路の封鎖だ。正面から派手に暴れれば、臆病なトップ(跡部)は必ず裏から逃げようとする。あらかじめ退路を断っておけば、屋敷という『箱』の中で完全に袋のネズミにできる」
「なるほど……。敵の心理を読み、戦場そのものを支配するわけか」
信長はパラコードの結び目を確認し、満足げに立ち上がった。
「これで後顧の憂いはねぇ。いよいよ正面から『お邪魔』するぜ」
三人は屋敷の外周を回り、表通りに面した正面玄関へと移動した。
立派な薬医門の前には、提灯が掲げられ、四人の屈強な用心棒が刀の柄に手をかけて睨みを利かせている。
「……さて。裏の準備は終わりだ。ここからは表で行くぞ」
信長は首をゴキキッと鳴らし、深く息を吐いた。
迷彩服のポケットから、メビウスの箱を取り出そうとして——やめた。
「タバコは事後までお預けだ。竹千代、俺と十兵衛が先に入る。門が開いたら、ゆっくりと、将軍らしく堂々と歩いてこい」
「うむ。大船に乗ったつもりで、後から入らせてもらおう」
家光が楽しげに笑い、腰の刀の柄を軽く叩く。
十兵衛もまた、ニヤリと笑って鯉口を切った。
「信長。三十人の猛者相手に峰打ち……。拙者の剣が鈍っていないか、見定めてくれ」
「へっ。遅れを取るなよ、天才剣士」
信長は一歩前に出た。
月明かりの下、迷彩服の巨漢が正面門へと堂々と歩み寄っていく。
「な、何奴ッ! ここを北町与力、跡部様の屋敷と知って……」
門番が怒鳴り声を上げた。
だが、信長は立ち止まらない。
助走をつけ、門扉のど真ん中——閂のある位置を正確に狙い、レンジャーブーツの分厚い靴底で、体重の全てを乗せた強烈な前蹴り(フロントキック)を放った。
ドゴォォォォンッ!!!
江戸の夜の静寂を粉々に打ち砕く、爆発のような轟音。
頑丈な木製の門扉が閂ごとへし折られ、内側へと激しく吹き飛んだ。
「突入開始だ。……おらぁッ!! 寝てる奴は起きやがれ!!」
地獄を知る男の咆哮と共に、最強の悪友トリオによる『レンジャー』の夜が始まった。




