竹刀の剣士、異世界で無双する 29 体を洗いたい
29 体を洗いたい
俺がこちらの世界にとばされてきて、6か月が過ぎた。半年だ。とばされてきたころは、寒い日が多かったが、だんだんと暑くなってきた。こちらの世界にも季節はあるんだなあ、とのんびりしたことを思いながらも、一方で俺は大変困っていた。剣道の稽古は季節との戦いだ。冬は冷たい床の上で裸足で動く、夏は暑さの中、稽古着や防具をつけて激しく動く。とても快適とは言えない環境で激しく動き、己を鍛える戦いなのだ。と恰好よく言ってはみたものの、冬の冷たさは動いていればそのうち暖かくなるから耐えられるが、夏の暑さは本当に厳しい。暑い中で汗にまみれて稽古をした後、体も心もリフレッシュできるのが風呂だ。俺も、日本人なので風呂が大好きだ。日本にいたころは、毎日風呂に入っていた。しかし、こちらの世界には風呂がなかった。
現代日本では、水を汲むのも、お湯を沸かすのもスイッチ一つでできていた。しかし、こちらの世界では、水は井戸から汲み上げるものだ。釣瓶があるので多少は楽だが、一日に使う水を汲み置きするのは重労働だ。また電気もガスもないので、お湯はかまどで薪で沸かすものなのだ。火をつけるにもマッチもライターもないので、石を打ち付けて火花を飛ばしている。種火を起こすのも大変なので、村の各家には囲炉裏のようなものを作って種火を大切に保管している。もし、種火を切らしてしまった時には、隣同士で譲り合うこともしているようだ。燃料の薪は定期的に森に取りに行っている。しかし、鉄製品が限られているため、木を切り倒す斧も少なく、薪のほとんどが森で拾った枯れ木の枝や粗朶になる。細い木のため、長時間の使用には耐えられない。ましてや、人ひとりつかるお湯を沸かすなんてとんでもない。そもそも、そんな大きなかまどや鍋がない。
そういう状況なので、俺は稽古の後は庭の井戸に行って自分で水を汲み、頭から水をかぶり、手ぬぐいで体をこすって汚れを落としていた。村人たちも、およそ2日に1回、水浴びをしているようだ。また、こちらの世界には石鹸はあるものの、現代日本のような泡立つものではなく、灰を水に溶いたものや、動物の油を灰で煮たものを使っている。主に服の洗濯に使われているので、体を洗う石鹸はない。仕方がないので、石鹸を使わず、力任せに手ぬぐいで体をこすっていた。
始めのうちは「郷に入れば、郷に従え」との言葉通り、村のやり方に習っていたが、どうにも我慢ができなくなった。
「風呂に入りたい。せめて、お湯で体を拭きたい。」
という思いが、止められなくなった。また、稽古着や防具の臭いも強くなってきたことにも、我慢できなくなってきた。
そこで、村長に相談した。
「私の故郷では、毎日体をお湯につけて汚れを落とすとともに、疲れを取っていたのです。また、稽古着は洗濯し、清潔に保ちます。防具も汗を吸って不潔な状態ですので、清潔にする必要があります。このままでは、村人が病気になってしまいます。」
「ふむ。そこまで気を付けなければならんか。今でも、稽古着は定期的に洗濯させておるが、防具の汗はどうしたもんかのう?ましてや、体をお湯につけるなど、無理じゃ。」
村長の答えは想定通りだ。そこで、提案する。
「私が、定期的に森に入って、木を伐ります。日本から持ってきた鉈がありますので、よほどの巨木でなければ切り出せるでしょう。薪はその木から賄ってくれませんか?お湯に体をつけなくてもよいのです。体をお湯で拭くことを許可してください。また、胴は革製品のため、水にぬらすことはできませんので、陰干しします。面・小手・垂れは水につけて汚れを取った後陰干しすれば臭いを防げるでしょう。」
「なるほど、ヨウスケさんには狼が付いているので、森での危険も少ないわけですな。ではついでに、森の動物の肉と、竹刀用の真竹もお願いしてよろしいか?」
「分かりました。イシャと一緒に森に行ってきます。」
こうして、俺はイシャと一緒に1か月に1度ほどの割合で森に入ることになった。
森に入るとまっすぐに真竹の群生地に向かう。途中で、鉈で切り倒せそうな木には布の切れ端を結び付けて目印とする。帰りに切ってくるためだ。また、前の森での生活を生かして、肉を保存するための朴や柏の葉を見つけるとたくさん取っておく。前に来たときは冬だったので、茶色くなった朴の葉しか見つけられなかったが、今回は夏なので、緑の葉がたくさん見つけられた。とくに、ムクロジの木を見つけたのは幸いだった。まだ、花が落ちたばかりのようだが、あと四か月もすれば実がなる。ムクロジの実は、体を洗う石鹸の代わりになるとじいさまから聞いたことがある。今回は実はとれないが、この秋には実を取りに来よう。そう思って、ムクロジの木にも印の布を巻き付けた。
今回は荷物が多くなること、しかし、森の中の歩きにくい道であることを考えて、村から貴重な荷運び用の一輪車を借りた。現代日本では土木工事に活躍するネコ車のようなものだ。もちろん、鉄は少ないので、木製である。ゴムのタイヤはないが、魔物のスライムの皮を使った車輪はそこそこの悪路でも耐えられた。
真竹の群生地に着き、10本ほど切り倒す。今度はその場で割らずに、枝打ちだけをする。持ってきたロープで竹を縛り、一輪車に固定した。途中でイシャが狩ったウサギなどの獲物は血抜きをして、朴や柏の葉に包み、一輪車の底に詰める。そして帰り道には、印をつけた木を切り倒し、枝を打ち、長さをそろえてロープでからげる。もちろん枝も粗朶になるため、無駄にはしない。さらに、食べられる木の実やキノコを、イシャに教えてもらいながら採取して一輪車に載せる。これだけでかなりの量になった。竹やぶに来るには半日で済んだが、帰るのには2日かかった。スローライフってこういうものかと感心しながら村に帰った。
俺が森に出ている間も、もちろん稽古は続けている。今は、村内大会で活躍した上級者達がいるので、師範代をグリッツさん、シラックさん、村長に任せている状態だ。そんなこともあって、俺は割とのんびりと村に帰った。




