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巫女姫剣士浪漫譚 さくら姫 舞う  作者: 藤井ことなり
第二章 それぞれのひと月
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巫女修行 四

──翌日、さくら姫がいつもの朝の水垢離修行をしていると、いおりも一緒に水垢離をすると言い出した。


「めずらしいのぅ。いつもは皆が終わってからやっておるのに」


「今日はおひらとあやに皆の修行を見てもらいます。さくらは私と別のことをしますよ」


 境内の井戸で祝詞をよどみなく唱えながら水垢離をし、禊ぎを済ませると、さくら姫はいおりに連れられ、行衣姿のまま奥殿の一角にある部屋へと向かった。


 そこには、同じく禊ぎを済ませた行衣姿の佳乃が待っていた。


「佳乃様、連れてまいりました」


「来たか。ふたりとも、そこに座るように」


 部屋には厳かな神棚が祀られ、中央には神鏡が鎮座していた。


「よいか、さくら。今より儂の『神通力』により、祭神ミズハ様をお呼びする。粗相のないようにな」


 えっ──神様を──呼ぶ──とは──。


 戸惑うさくら姫をよそに、佳乃はふたりを神棚に向かって並んで座らせると、その前に座り、祝詞を唱えはじめた。


 すると、部屋の空気が変わった。


 この世のものとは思えぬ、厳かで、なんともいえない緊張感がさくら姫たちにまとわりつく。


 佳乃の祝詞が静かになると、神鏡が光を放ち、まるで光の洞穴のようなものが映し出された。


「佳乃、久しぶりね〜」


 その光の洞穴から現れたのは──身体が透けている、五歳くらいの女の子だった。


「ミズハ様におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」


「堅苦しいのはいいから。ミズハって呼んでって言ってるでしょ」


 礼儀正しく挨拶をする佳乃の言葉をさえぎり、くだけた物言いをするミズハという女の子に、さくら姫は面食らった。


「いおり、どなたじゃな、この方は」


 いおりはどう説明したらよいのか分からなかったが、とにかく紹介する。


「こちらにおわすのは、壱ノ宮領の祭神、水の神ミズハ様です。つまり、神様なの」


「か、神様じゃと。こんな子どもが」


「さくらっ」


 慌てていおりがたしなめる。


「いつもは神の国におわすのだけれど、佳乃様の『神通力』で神の国とこの部屋をつなぎ、同じような空間にすることで、お招きすることができるの」


 あまりの出来事に、さすがのさくら姫も驚いた。


「いおりも久しぶりね。そっちは……あ、さくらか。大きくなったわねぇ」


 ミズハは、浮いているのか歩いているのか分からないような格好で近づいてくる。


「わらわを御存知で」


「まあね──うん、変わりないわね」


 ミズハは佳乃とさくら姫をかわるがわる見て、そう言った。


「で、なんで呼ばれたのかな。遊んでくれるの?」


 ミズハは無邪気に佳乃に尋ねる。


「それはまた後ほど。此度は、このさくらについてお尋ねしたいことがありまして……」


 佳乃は、『試し』を受けたさくら姫が腹に痛みを覚えたことを話した。


「あー……まあ、そうなるわよね」


「わけを御存知で」


「ん……まあ〜……しらな〜い」


 ミズハは無邪気にはしゃぐ子どものように、三人のまわりを駆け回った。そして、佳乃の前で立ち止まると、「気にしなくていいんじゃない」と言い残し、戻っていってしまった。


 光の洞穴が閉じると、三人は緊張が解けたように足をくずした。


「な、なんじゃったのじゃ、今のは」


「神様というのは、ああいうものよ」


「しかしじゃな……は、は、はっくしょん!」


 水垢離のあと、濡れた行衣が冷たい。さすがに身体が震えてきた。


「まずは湯に浸かるか。そこで話そう」


 佳乃に導かれ、湯殿へと向かった。


※ ※ ※ ※ ※


 檜で造られた湯船は大きく、十人は入れそうだった。しかし、まだ水が張られているだけである。


 佳乃がそこに御札を放り込むと、たちまち湯気が漂いはじめた。


「もうよいだろう。入るがよい」


 佳乃に続いてさくら姫が入り、いおりも続いた。


「なんと、よい湯加減じゃ。佳乃様、これはいったい」


 さくら姫の問いに、冷えた身体をさすりながら佳乃が答える。


「儂の『神通力』のひとつだ。墨をな、ここ真清田神社の湧き水で溶く。それで祝詞を書いた御札には『神通力』が宿るのよ」


「では、今の御札は?」


「熱を発する祝詞が書かれておる。さくらもすでに見ておるであろう。地下牢を吹き飛ばしたときや、眠らされたときの御札などをな」


 さくら姫は白邸領での出来事を思い出した。


「なるほど、あれがそうであったか。……いおりも使えるのか」


 湯加減がよほど気持ちよいのか、いおりは蕩けていた。代わりに佳乃が答える。


「いおりも使えるぞ。さくらを担いでここまで連れてこられたのも、御札のおかげだ」


「なるほど。……それにしても、神様がいるとは思わなかった。しかも子どもとは」


「ふふ。まあ、しょっちゅうこの世に来られるわけではないから、知らぬのも無理はないのう」


「佳乃様は、よく会われるのですか」


「まあの。八百万の神々というように、神様はたくさんおわす。ミズハ様はあのような性分なので、よくこの世に来てくださるのだ」


「そうですか……」


 さくら姫は、なにか引っかかるものを感じて考え込んだ。


「……佳乃様、わらわはミズハ様と会ったことがあるのですか」


「いや……そういえば、さくらを知っているような物言いをなされておったな。はて、たしか会ったことはないはずだが……」


 佳乃はしばらく考えていたが、頭が痛くなってきたので、気のせいだと思うことにした。

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