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巫女姫剣士浪漫譚 さくら姫 舞う  作者: 藤井ことなり
第三章 尾張城下と壱ノ宮
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巫女修行 二

佳乃もいおりも、幼い頃からさくら姫には手を焼いている。


 先の先、さらにその先まで読まなければ、裏をかかれる。それを二人はよく知っていた。


「ふふ、さくらとの知恵比べか。なかなかに楽しませてくれる」


「楽しんでいる場合じゃありませんよ、佳乃様。どうします」


「そうだな……」


 佳乃はしばし考えたあと、心を決めた。


「さくらに陰の修行をやらせるか」


 いおりが手を止める。


「陰の、ですか」


 問い返したあと、真意を確かめるように佳乃の顔をのぞき込む。


「あれは体を動かしたほうがよかろう。いおり、ついでにさり気なく『試し』を受けさせい。『才』があるかどうかも知りたい」


 しばし考えたあと、いおりは確かめるように尋ねた。


「佳乃様、まさか本当にさくらを後継ぎにするつもりですか」


 佳乃はくすりと笑いながら首を振る。


「そうしたいのはやまやまだが、やはり良縁に恵まれて、女としての生を全うしてもらいたいな」


「では、何故『試し』を」


「気まぐれよ。なんとなくな」


 佳乃自身も、何故そうしたくなったのか分からなかった。だが、心の奥底から、試さねばならぬという声が告げているように感じていた。


※ ※ ※ ※ ※


 翌朝、さくら姫はいつもの修行を難なくこなし、すっかり気を許していた。ところが、いおりに奥殿の裏へ連れて行かれる。


「いおり、どうしたのじゃ」


「さくら、今日から修行を増やします」


「えぇ、なんでじゃ」


「佳乃様から、陰の修行をさせるように言われたからよ」


「陰の、修行、だと」


 奥殿の裏には、だだっ広い板間の道場があった。ただし、出入りする扉のほかには窓ひとつなく、灯りは蝋燭によるものだけだった。


 道場の真ん中まで来ると、いおりはさくら姫を正座させ、対面に自らも座った。


「さくら、渡り巫女というのを聞いたことはありますか」


「渡り巫女……たしか林太に聞いたことがある。戦国の世にいた間者であろう。甲斐の国にいたという」


「そう。そして、ここ壱ノ宮領の巫女にも、同じことをする者がいるのです。それが──陰巫女という者たちです」


「なんと」


 さくら姫は驚いたが、よくよく考えれば、壱ノ宮領の巫女はやたらと動きがよかったと思い出した。


「表の巫女は境内の掃除や神事の助けをします。そして陰巫女はさらに、佳乃様を御守りする任についています」


「つまり」


「武に長けているということです。さくらにはそれを伝授せよ、というのが佳乃様からの御命令です」


 陰巫女──たしかに、さくら姫から見ても、動きがよいだけでなく、手練れではないかと感じる者がいる。


「ひょっとして、いおりもそうなのか」


「佳乃様を陰ながら護るのが私の務めですから。とりあえず、仕合ってみましょう」


 いおりは道場の壁にかけられた木刀を二本取りに行くと、片方をさくら姫の前に差し出した。


「まずは私から一本取ってみなさい。できたら何か褒美をあげましょう」


「何をくれるのじゃ」


 さくら姫は正座のまま、にじり寄る。


「どうせ平助のことが気がかりなのでしょ。会うのを手伝ってあげる」


「本当だな」


「ええ」


 途端、さくら姫は木刀を奪い取り、そのまま横に払った。


 だが、いおりは瞬時に身を引いて避けた。


「残念でした。さ、始めるわよ」


 小太りのいおりなら不意打ちで当てられると思ったのに、避けられてしまった。さくら姫は今度こそと立ち上がり、正眼の構えを取る。


「かかってらっしゃい」


 いおりの言葉に合わせて乱れ打ちをするが、いおりは難なく躱す。


 さくら姫が打ち込んできた木刀を、いおりは自分の木刀でするりと受け流す。さらに、その場でくるりと回り、さくら姫の後頭部をこつんと叩いた。


「はい一本」


「も、もう一本」


「何度でもかかってらっしゃい」


 さくら姫ががむしゃらに打ち込むも、いおりはくるくると回りながら、難なく受け流していく。


 それが何度か続いたあと、さくら姫は肩で息をしながら手を止めた。


「もうおしまいなの」


「いーや。まだまだじゃ」


 さくら姫はたわけではない。すでに、みなづきとの稽古と同じだと感じていた。


──みなづきも受け流す水の位であったな。わらわの攻めは火の位、打ち消されてしまう。瀬月(爺)はそう言っておった。いおりもそうなのであろう──


 さくら姫は下段の構えを取り、摺り足でいおりに近づく。


──ここじゃ──


 いおりの間合いを見極め、その中に入らぬように回り始めた。


「よくぞ見抜きました。だが、まだ半分」


 いおりはそう言うと、今度は攻めの姿勢に転じた。


 片手で木刀を持ち、さくら姫を中心にくるくると回りながら打ち込んでくる。


 片手での打ち込みを、さくら姫は受け止める。だが、いおりのように受け流すことはできない。ゆえに、だんだんと腕が痺れてくる。


「っ痛」


 たまりかねて、さくら姫は木刀を手放してしまった。


 回るのをやめたいおりが、またもやさくら姫の頭をこつんと叩く。


「はい、一本」


 汗だくで息を切らし、はぁはぁと肩で息をするさくら姫に対し、いおりは息ひとつ乱していない。実力の差は歴然だった。


「今日はここまでにしましょう。いい、さくら。強くなるには下地をしっかりやることよ」


 木刀を戻すと、いおりは水を取りに道場を出ていった。


※ ※ ※ ※ ※


 井戸で水を汲みながら、いおりは呟いた。


「おそらく、瀬月様に稽古をつけてもらったようね。なかなか強かったわ。けど、あのままではいつまでも勝てないわね。さて、どう稽古をつけようかしら」

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