巫女修行 二
佳乃もいおりも、幼い頃からさくら姫には手を焼いている。
先の先、さらにその先まで読まなければ、裏をかかれる。それを二人はよく知っていた。
「ふふ、さくらとの知恵比べか。なかなかに楽しませてくれる」
「楽しんでいる場合じゃありませんよ、佳乃様。どうします」
「そうだな……」
佳乃はしばし考えたあと、心を決めた。
「さくらに陰の修行をやらせるか」
いおりが手を止める。
「陰の、ですか」
問い返したあと、真意を確かめるように佳乃の顔をのぞき込む。
「あれは体を動かしたほうがよかろう。いおり、ついでにさり気なく『試し』を受けさせい。『才』があるかどうかも知りたい」
しばし考えたあと、いおりは確かめるように尋ねた。
「佳乃様、まさか本当にさくらを後継ぎにするつもりですか」
佳乃はくすりと笑いながら首を振る。
「そうしたいのはやまやまだが、やはり良縁に恵まれて、女としての生を全うしてもらいたいな」
「では、何故『試し』を」
「気まぐれよ。なんとなくな」
佳乃自身も、何故そうしたくなったのか分からなかった。だが、心の奥底から、試さねばならぬという声が告げているように感じていた。
※ ※ ※ ※ ※
翌朝、さくら姫はいつもの修行を難なくこなし、すっかり気を許していた。ところが、いおりに奥殿の裏へ連れて行かれる。
「いおり、どうしたのじゃ」
「さくら、今日から修行を増やします」
「えぇ、なんでじゃ」
「佳乃様から、陰の修行をさせるように言われたからよ」
「陰の、修行、だと」
奥殿の裏には、だだっ広い板間の道場があった。ただし、出入りする扉のほかには窓ひとつなく、灯りは蝋燭によるものだけだった。
道場の真ん中まで来ると、いおりはさくら姫を正座させ、対面に自らも座った。
「さくら、渡り巫女というのを聞いたことはありますか」
「渡り巫女……たしか林太に聞いたことがある。戦国の世にいた間者であろう。甲斐の国にいたという」
「そう。そして、ここ壱ノ宮領の巫女にも、同じことをする者がいるのです。それが──陰巫女という者たちです」
「なんと」
さくら姫は驚いたが、よくよく考えれば、壱ノ宮領の巫女はやたらと動きがよかったと思い出した。
「表の巫女は境内の掃除や神事の助けをします。そして陰巫女はさらに、佳乃様を御守りする任についています」
「つまり」
「武に長けているということです。さくらにはそれを伝授せよ、というのが佳乃様からの御命令です」
陰巫女──たしかに、さくら姫から見ても、動きがよいだけでなく、手練れではないかと感じる者がいる。
「ひょっとして、いおりもそうなのか」
「佳乃様を陰ながら護るのが私の務めですから。とりあえず、仕合ってみましょう」
いおりは道場の壁にかけられた木刀を二本取りに行くと、片方をさくら姫の前に差し出した。
「まずは私から一本取ってみなさい。できたら何か褒美をあげましょう」
「何をくれるのじゃ」
さくら姫は正座のまま、にじり寄る。
「どうせ平助のことが気がかりなのでしょ。会うのを手伝ってあげる」
「本当だな」
「ええ」
途端、さくら姫は木刀を奪い取り、そのまま横に払った。
だが、いおりは瞬時に身を引いて避けた。
「残念でした。さ、始めるわよ」
小太りのいおりなら不意打ちで当てられると思ったのに、避けられてしまった。さくら姫は今度こそと立ち上がり、正眼の構えを取る。
「かかってらっしゃい」
いおりの言葉に合わせて乱れ打ちをするが、いおりは難なく躱す。
さくら姫が打ち込んできた木刀を、いおりは自分の木刀でするりと受け流す。さらに、その場でくるりと回り、さくら姫の後頭部をこつんと叩いた。
「はい一本」
「も、もう一本」
「何度でもかかってらっしゃい」
さくら姫ががむしゃらに打ち込むも、いおりはくるくると回りながら、難なく受け流していく。
それが何度か続いたあと、さくら姫は肩で息をしながら手を止めた。
「もうおしまいなの」
「いーや。まだまだじゃ」
さくら姫はたわけではない。すでに、みなづきとの稽古と同じだと感じていた。
──みなづきも受け流す水の位であったな。わらわの攻めは火の位、打ち消されてしまう。瀬月はそう言っておった。いおりもそうなのであろう──
さくら姫は下段の構えを取り、摺り足でいおりに近づく。
──ここじゃ──
いおりの間合いを見極め、その中に入らぬように回り始めた。
「よくぞ見抜きました。だが、まだ半分」
いおりはそう言うと、今度は攻めの姿勢に転じた。
片手で木刀を持ち、さくら姫を中心にくるくると回りながら打ち込んでくる。
片手での打ち込みを、さくら姫は受け止める。だが、いおりのように受け流すことはできない。ゆえに、だんだんと腕が痺れてくる。
「っ痛」
たまりかねて、さくら姫は木刀を手放してしまった。
回るのをやめたいおりが、またもやさくら姫の頭をこつんと叩く。
「はい、一本」
汗だくで息を切らし、はぁはぁと肩で息をするさくら姫に対し、いおりは息ひとつ乱していない。実力の差は歴然だった。
「今日はここまでにしましょう。いい、さくら。強くなるには下地をしっかりやることよ」
木刀を戻すと、いおりは水を取りに道場を出ていった。
※ ※ ※ ※ ※
井戸で水を汲みながら、いおりは呟いた。
「おそらく、瀬月様に稽古をつけてもらったようね。なかなか強かったわ。けど、あのままではいつまでも勝てないわね。さて、どう稽古をつけようかしら」




