巫女修行
──まだ夜明け前だというのに、叩き起こされる。
「さくら、朝の修練よ。起きなさい」
いおりが、身分などわきまえるものかという勢いで寝屋に入ってくる。
「いやじゃ、眠たい」
「水垢離をすれば目が覚めるわよ。いいから起きなさい」
布団を引っ剥がし、さくら姫を軽々と持ち上げると、小太りの身体で肩に担ぎ、外へ連れて行く。
真清田神社は、その名のとおり水に事欠かない。すでに他の巫女たちは水垢離の修行をしていた。
頭から水をかぶりながら祝詞を呟く。間違えずに言い切るまで続け、間違えたり途切れたりしたら最初からやり直す。
さくら姫にはいおりが付き、水をかけ続ける。
「かしこみかしこみ、うひっ」
「はい、最初から」
「いおり、少しは──うひゃあ」
「余計なことは言わない。はい、最初から」
これはたまらんと逃げる算段をしたが、天敵の佳乃もいるとなると難しい。諦めて、祝詞を覚えることに集中した。
※ ※ ※ ※ ※
「大したものね。もう覚えて、やりこなすなんて」
十日も過ぎた頃、いおりが感心とも呆れるともとれる言葉を口にした。
「あんな目にあわされれば、嫌でも覚えるわ」
ひと通りの修行を終え、ひと息ついているさくら姫が言い返す。
「それでも覚えられない者はいるわ。それに、水垢離の修行のほかにも覚えたじゃない」
「巫女舞に写経もの。どちらも、みなづきに稽古をつけてもらっていたからな」
「みなづき殿ですか。お会いしたことはないけど、瀬月様の娘で、さくらの乳姉妹だとか」
「まったく。城にいればみなづきときさらぎに叱られて、壱ノ宮領に来ればいおりと佳乃様に叱られる。わらわが何をしたというのじゃ」
「叱られるようなことをしたからでしょ。とにかく今は、瀬月様のためにも巫女修行を続けなさい」
ふくれっ面になりながらも、さくら姫は与えられた写経を続ける。
※ ※ ※ ※ ※
佳乃に連れられたさくら姫が目を覚ましたのは、御札を剥がされた時だった。すでに壱ノ宮領の真清田神社奥殿に運び込まれたあとであった。
久しぶりの再会に、まずは佳乃からひと説教された。
「まったく……。まさか暗殺されかけて地下牢にいるとは思わなかったぞ」
「わらわだって、好きでいたわけじゃ……」
「もうよい。とりあえず、躾け直しという名目で連れ出した。これでひとまず安心だろう。だが、昌久院殿は執念深そうだの。もうひと工夫しておくか」
「どうするつもりで」
佳乃は紙と筆を用意させると、さらさらと何やら書き上げた。
「これでよし。いおり、誰ぞにこの書状を白邸の瀬月様に届けさせよ」
いおりは書状を受け取ると、部屋を出ていった。
「佳乃様、何を書かれたのです」
さくら姫の問いに、佳乃は当然だろうという口調で答えた。
「瀬鳴さくらを養女に迎え、壱ノ宮領の領主にする──」
「ええーーー、そ、そんな。わらわはそのつもりは無いですぞ」
さくら姫が慌てふためく。
「──と考えている。なので、巫女の修行をしばらくさせることにした。そう伝えておいた」
「な、なぜそのようなことを」
「瀬月殿なら意味が分かるだろう。此度のこと、人死にが出ておるな」
牢番の善兵衛なる者が死体で見つかったという話を、さくら姫は思い出した。
「昌久院殿には何度か会ったことがあるが、正直、命を奪うような度胸があるとは思えん。さくらはどう思う」
「それについては、わらわもそう思いますが……」
「なんだ」
「こと辰之進が絡むと、そうではないと言い切れませぬ」
「ふむ。近頃の昌久院殿は知らぬからな。心変わりをしたのかもしれぬが、それでもあり得ぬと感じておる」
「では、どのように」
「おそらくだが、間に入った者、渡りをつけた者のせいではないかと」
「なるほど」
「であるなら、時を稼ごうと思ってな。さくらが壱ノ宮領の後継ぎになるやもしれぬとなれば、昌久院殿も安堵するであろう。そこに油断が生じるやもしれぬ」
「そこを爺が暴き出すと。さすがは佳乃様」
「得心がいったか、さくら」
「はい」
「では、今日より巫女修行をするように」
「はい。──え、えぇ、な、何ゆえでございます」
「昌久院殿からの手先が調べに来るからに決まっておる。嘘がばれぬよう、ちゃんと巫女修行をしなくてはな」
※ ※ ※ ※ ※
「──というわけで巫女修行をしているのでしょ。分かったら、さっさとやる」
いおりによる厳しい修行に、さくら姫はげんなりしていた。
※ ※ ※ ※ ※
「さくらはどうしておる」
その日の夜、佳乃の晩酌につきあういおりが報告する。
「ひいひい言いながら修行を続けてます。とはいえ、無難にこなし始めましたね。子供の頃からそうでしたが、覚えが早いです」
いおりは朱塗りの銚子で杯に酒を注ぎながら、感心した様子で言う。
「あれは飛び抜けておるからの」
「このままだと暇を持て余して、余計なことをするやもしれませぬ」
「ふむ」
平助たち四人は、境内の外にある屋敷に住まわせている。さくら姫は彼らが壱ノ宮領にいることを知らない。
「さくらが言うには、平助が無理心中したと瀬月様に告げられて、確かめに城を抜け出したから地下牢に閉じ込められたとのこと」
「瀬月殿はこれ幸いに、昌久院殿から遠ざけられるよう、そうしたらしい」
「ということは、今度は平助を探しに抜け出すかと」




