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巫女姫剣士浪漫譚 さくら姫 舞う  作者: 藤井ことなり
第二章 それぞれのひと月
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巫女修行

──まだ夜明け前だというのに、叩き起こされる。


「さくら、朝の修練よ。起きなさい」


 いおりが、身分などわきまえるものかという勢いで寝屋に入ってくる。


「いやじゃ、眠たい」


「水垢離をすれば目が覚めるわよ。いいから起きなさい」


 布団を引っ剥がし、さくら姫を軽々と持ち上げると、小太りの身体で肩に担ぎ、外へ連れて行く。


 真清田神社は、その名のとおり水に事欠かない。すでに他の巫女たちは水垢離の修行をしていた。


 頭から水をかぶりながら祝詞を呟く。間違えずに言い切るまで続け、間違えたり途切れたりしたら最初からやり直す。


 さくら姫にはいおりが付き、水をかけ続ける。


「かしこみかしこみ、うひっ」


「はい、最初から」


「いおり、少しは──うひゃあ」


「余計なことは言わない。はい、最初から」


 これはたまらんと逃げる算段をしたが、天敵の佳乃もいるとなると難しい。諦めて、祝詞を覚えることに集中した。


※ ※ ※ ※ ※


「大したものね。もう覚えて、やりこなすなんて」


 十日も過ぎた頃、いおりが感心とも呆れるともとれる言葉を口にした。


「あんな目にあわされれば、嫌でも覚えるわ」


 ひと通りの修行を終え、ひと息ついているさくら姫が言い返す。


「それでも覚えられない者はいるわ。それに、水垢離の修行のほかにも覚えたじゃない」


「巫女舞に写経もの。どちらも、みなづきに稽古をつけてもらっていたからな」


「みなづき殿ですか。お会いしたことはないけど、瀬月様の娘で、さくらの乳姉妹だとか」


「まったく。城にいればみなづきときさらぎに叱られて、壱ノ宮領(こっち)に来ればいおりと佳乃様に叱られる。わらわが何をしたというのじゃ」


「叱られるようなことをしたからでしょ。とにかく今は、瀬月様のためにも巫女修行を続けなさい」


 ふくれっ面になりながらも、さくら姫は与えられた写経を続ける。


※ ※ ※ ※ ※


 佳乃に連れられたさくら姫が目を覚ましたのは、御札を剥がされた時だった。すでに壱ノ宮領の真清田神社奥殿に運び込まれたあとであった。


 久しぶりの再会に、まずは佳乃からひと説教された。


「まったく……。まさか暗殺されかけて地下牢にいるとは思わなかったぞ」


「わらわだって、好きでいたわけじゃ……」


「もうよい。とりあえず、躾け直しという名目で連れ出した。これでひとまず安心だろう。だが、昌久院殿は執念深そうだの。もうひと工夫しておくか」


「どうするつもりで」


 佳乃は紙と筆を用意させると、さらさらと何やら書き上げた。


「これでよし。いおり、誰ぞにこの書状を白邸の瀬月様に届けさせよ」


 いおりは書状を受け取ると、部屋を出ていった。


「佳乃様、何を書かれたのです」


 さくら姫の問いに、佳乃は当然だろうという口調で答えた。


「瀬鳴さくらを養女に迎え、壱ノ宮領の領主にする──」


「ええーーー、そ、そんな。わらわはそのつもりは無いですぞ」


 さくら姫が慌てふためく。


「──と考えている。なので、巫女の修行をしばらくさせることにした。そう伝えておいた」


「な、なぜそのようなことを」


「瀬月殿なら意味が分かるだろう。此度のこと、人死にが出ておるな」


 牢番の善兵衛なる者が死体で見つかったという話を、さくら姫は思い出した。


「昌久院殿には何度か会ったことがあるが、正直、命を奪うような度胸があるとは思えん。さくらはどう思う」


「それについては、わらわもそう思いますが……」


「なんだ」


「こと辰之進が絡むと、そうではないと言い切れませぬ」


「ふむ。近頃の昌久院殿は知らぬからな。心変わりをしたのかもしれぬが、それでもあり得ぬと感じておる」


「では、どのように」


「おそらくだが、間に入った者、渡りをつけた者のせいではないかと」


「なるほど」


「であるなら、時を稼ごうと思ってな。さくらが壱ノ宮領の後継ぎになるやもしれぬとなれば、昌久院殿も安堵するであろう。そこに油断が生じるやもしれぬ」


「そこを爺が暴き出すと。さすがは佳乃様」


「得心がいったか、さくら」


「はい」


「では、今日より巫女修行をするように」


「はい。──え、えぇ、な、何ゆえでございます」


「昌久院殿からの手先が調べに来るからに決まっておる。嘘がばれぬよう、ちゃんと巫女修行をしなくてはな」


※ ※ ※ ※ ※


「──というわけで巫女修行をしているのでしょ。分かったら、さっさとやる」


 いおりによる厳しい修行に、さくら姫はげんなりしていた。


※ ※ ※ ※ ※


「さくらはどうしておる」


 その日の夜、佳乃の晩酌につきあういおりが報告する。


「ひいひい言いながら修行を続けてます。とはいえ、無難にこなし始めましたね。子供の頃からそうでしたが、覚えが早いです」


 いおりは朱塗りの銚子で杯に酒を注ぎながら、感心した様子で言う。


「あれは飛び抜けておるからの」


「このままだと暇を持て余して、余計なことをするやもしれませぬ」


「ふむ」


 平助たち四人は、境内の外にある屋敷に住まわせている。さくら姫は彼らが壱ノ宮領にいることを知らない。


「さくらが言うには、平助が無理心中したと瀬月様に告げられて、確かめに城を抜け出したから地下牢に閉じ込められたとのこと」


「瀬月殿はこれ幸いに、昌久院殿から遠ざけられるよう、そうしたらしい」


「ということは、今度は平助を探しに抜け出すかと」

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