壱ノ宮領へ 四
クラの言葉から、いおりは林太の紹介状の行間に、何かあると読み取った。
「平助、神社のことは神社同士の約束事があるの。それに関することよ」
「そうなの」
「うむ。ゆえにそれはこちらで何とかするわ。ふたりとも客分として下屋敷で世話するわ。
クラ殿、おたえちゃんの母親に手紙をしたためますゆえ、後で話をしましょうか」
いおりの考えを受け取ったクラは、心のなかで忝ないと頭を下げた。
※ ※ ※ ※ ※
──仕事があるのでと、いおりは屋敷にもどり、世話役の巫女は三人とも朝餉がまだと聞いて、食事の用意をする。
おたえも温かい御飯と味噌汁を美味しそうに食べる。平助もクラもうまそうに食べる。
「あらあらすごい食べっぷり」
巫女が呆れながら何度も茶碗に飯を盛った。
「いやいや申し訳ない。こんな旨い飯は久しぶりなのでな」
ここ数日は逃げながらの生活だったのでまともな飯を食べてない。クラも平助も腹いっぱいになると、満足そうに手を合わせて、馳走になったと感謝する。
巫女が後片付けで席を外すと、クラが平助に話しかける。
「さて、儂はいおり殿と話を詰めてくる。平助はどうする」
「おたえちゃんと遊んでるよ」
クラは巫女に連れられて別の部屋に向かい、平助はおたえに軽業をしていた頃の芸を見せて楽しませる。
※ ※ ※ ※ ※
「お待たせしましたクラ殿」
クラが案内された部屋は離れの茶室で、四方を生け垣で囲まれている。
いおりは紙と筆を持ってきているが、それはさておきクラに対峙するように座った。
「クラ殿、私たちの役目を御存知か」
いおりが静かに尋ねる。
「多少は。……封印の御役目だと覚えております」
「そうです。”最後の大いくさ“よりあと、”彼の者“を封じるのが我ら五祭祀家の役目です。それゆえ人々にはそれを忘れさせる、というのが幕府の方針です」
「ええ」
「しからばクラ殿も”対象“でしょう。何故こちらの方におられるのです」
いおりには誤魔化しが通用しないのは先程のことで分かっている。少々言い渋ったが話すことにした。
「儂はその……鍛冶屋であることは伝えましたな」
「ええ。林太から。腕前は確かだと」
「口幅ったいが、そこそこの腕前でしてな。”眞金“を打つことができます」
「なんと。真にですか」
「ええ。それゆえ”対象“から外されてます。それと瀬月様の覚えがめでたくて、とある役目を仰せつかってました」
「瀬月様との関係は真でしたか。なるほど得心しました。私どもは御役目ゆえ、理由を知っております──やっかいなことに」
「──たしかに」
いおりもクラも互いの立場を知り、安堵した。
※ ※ ※ ※ ※
「さて、そのうえでこの後どうしましょうか」
いおりの点てた御茶を一服してから、クラが尋ねる。
「弐ノ宮のことは佳乃様にお伝えします。それはこちらで何とかしましょう」
「おたえちゃんは」
「使いを出してふた親に壱ノ宮領の真清田神社まで来てもらいます。もちろんおたえちゃんも。そこで話し合い、父御を諭すのが一番ですが」
「こじれた時は」
「母御とおたえちゃんを神社で引き取り、父御と引き離す。もしくはおたえちゃんだけ引き取るというので如何でしょうか」
「ふむ……そこが落としどころかな」
「では、そのように」
いおりは紙と筆を取り寄せると、それらしい文を書く。
その姿を見てクラはいおりの有能さに感心していた。
「それはそれとして、クラ殿と平助の身の振り方はどうします」
「そうさのう……儂は旅に出るとして、平助はどうするべきか」
文を書き終えたいおりは墨を乾かしたあと、くるくると畳み懐にしまう。
「よろしければ一度壱ノ宮領に来られませんか。平助はしばらく此方で預かり、ほとぼりが冷めてから白邸領に戻します。クラ殿もおたえちゃんの先行きを知ってからの方が安堵するでしょう」
いおりの細やかな心遣いに、クラはありがたく受けようとしたが、少し躊躇する。
「なにか」
クラは自らの過去を話す。壱ノ宮領にはふた親が住んでいたこと、会ったことのない二人の妹がいたこと、そして……大水ですべて失ったことを……。
「それはお辛いことを──ではやめておきますか」
「いや、それではさくら様に申し訳が立たぬのでな。儂も壱ノ宮領に参ろう」
「それはよいですが、どうしてさくらがここで出てくるのです」
「じつは……」
家族を失ったことを気に病んだクラは刀鍛冶をやめていたが、さくら姫に叱られてもう一度やり直す気になった話をした。
するといおりは呆れたあと、大笑いをする。
「あの子は本当にいい子ね。ちゃんと姫としての心得を持ってると思わないですか」
「同感です」
「あれでじゃじゃ馬でなければねぇ」
「それも同感です」
クラもつられて大笑いした。
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