壱ノ宮領へ 三
瀬々屋敷は男子禁制なので、下屋敷に案内される。
「とりあえず垢を落として。それと紹介状を」
いおりは平助から紹介状を受け取り、中を改める。
「ふむ……、このおたえという娘が女衒に売られたのを取り返したのだが、父親にまた売られるかもしれぬ。だから壱ノ宮領で預かってほしい。母親に迎えに行かせる。か」
じろりと平助を見てから、クラに視線を移す。
「鍛冶屋のクラ殿は見た目こそ怖ろしく感じるが、心根はやさしく頼りになる御仁で、さくら姫とも面識あり。さらには鍛冶屋としての腕前も確かである。と」
すべてを読み終えたあと、林太から行間に託したいことがあると感じたが、いおりは紹介状をしまい、懐に入れる。
そして巫女によって、身体を拭かれていたおたえの前にしゃがむ。
「おたえちゃん、私の名前はいおりだよ。よろしくね」
あどけない顔に泣いたあとがある。おそらく家に帰りたくて何度も泣いたのだろう。いおりはそっと頭を撫でる。
「お母さんにすぐに伝えて迎えに来てもらうから、もう少し待っててね」
ずっとがまんしていたのだろう、クラや平助とは違う、母のような優しさに触れ、おたえはいおりに抱きついて泣きだした。
それを優しく抱きしめる。
「平助よ、いおり殿は……なんというか、良いな」
「うん。いおり姉ちゃんは厳しいけどやさしいよ」
クラは初めて会ういおりという人物に、心良い感触を持った。
※ ※ ※ ※ ※
体の汚れを落としたあと、可愛らしい着物に着替えたおたえは、歳の近い童女と遊びに行く。
それを見送ったあと、いおりは平助とクラの前に座る。
「さて、細かいところを尋ねましょうか。女衒から取り返すまではよしとしましょう。
ですが、平助ならさくらに頼るのに、何故林太を頼ったのです」
「え、それはそのぅ」
「白邸領にてさくらの傅役なのは聞き及んでおる。それを御役御免となり林太は尾張城下へ、平助は弐ノ宮勤めだとも聞き及んでおる。間違いないな」
「う、うん」
姉が弟に詰問するように、いおりは“あなたが私に従うのは当然”とばかりに問う。
「白邸領ならば他にも伝手があるでしょう。それが尾張城下に来るとは間尺が合いません。何を隠しているのです」
いおりの前でおどおどする平助。ちらりとクラを見る。
「いおり殿、こちらに来たのは儂のせいなのだ。儂が白邸領に居られぬ身ゆえ、林太を頼ったのだ」
「貴方様が。どのような理由なのです」
「いやその……」
しまったなとクラは思う。
──仔細を決めておけばよかった。林太の紹介状だけですんなり済むと考えていたわ──
「瀬月様の勘気に触れてしまって、所払いを申しつけられたのだ」
家老頭の瀬月の名を出せば納得すると踏んだが、読みが甘かった。
「瀬月様ですと。鍛冶屋のあなたがですか。どのような間柄なのです」
「あ、いや、その」
「でまかせですね」
「違う違う」
「ならばどのような間柄なのです。鍛冶屋と瀬鳴家の家老頭がどのような繋がりがあるというのです」
いおりの語気がだんだん厳しくなる。
クラのほうが十は歳上なのだが、こちらも姉弟のような空気になる。
──いおりには逆らえない──
平助とクラは、そんな心持ちになってくる。
「じつは……」
まずはクラが口をひらく。
「儂は”最後の大いくさ“に参じていてな。その時、瀬月様の陣におったのだ。それなりに手柄をあげたので覚えてもらっている」
いおりはクラをじっと見る。
「ふむ……嘘ではなさそうですね。そのような出会いでしたか」
「はい」
「それが何故、勘気に触れてしまったのです」
いおりの追及は止まらない。
クラは逆に平助に助けを求める顔をする。しかし平助は、無理無理と首を振るだけだった。
「だからその……そうそう、さくら姫よ、さくら姫に関わったから勘気に触れたのだ」
「さくらが」
いおりの勢いが止まる。ほっとしたクラに嵐のような追及がはじまる。
「あの子に何をしたのです、瀬月様の勘気に触れるようなことをしたのですか、毛一筋でも傷をつけたのなら、この私も許しませんよ、何をしたのです、さあ言いなさい、言いなさい、言いなさい」
クラの襟を両手で掴んで、ぶんぶんと揺らしながら問い詰める。
──道筋を違えた──
クラはもうどう言っていいか分からなくなった。
平助もクラも腹芸は苦手同士。土台、隠し事をするのは無理であった。
ついに根負けしたクラは、弐ノ宮で宮司が童女を集めて怪しげなことをしていることを知り、そこからおたえを助け出したことを白状した。
「弐ノ宮の樹宮司殿がそのようなことを」
平助にも問い質して、本当であると納得する。
「ふうむ、よその神社のことゆえ関わるべきではないと思うが、弐ノ宮となると知らぬふりはできぬな」
責め苦にあった後のようにぐったりしてる平助が問いかける。
「いおり姉ちゃん、なんで弐ノ宮だと気になるの」
「それは……。クラ殿、“最後の大いくさ”に参陣したのは真に相違ないな」
「うむ」
「となると……」
いおりは目で”御存知か“と訊ね、クラは無言で頷く。
「平助、関わらせたくなかったがどうやらここまでのようだ。恨むなら儂を恨めよ」




