壱ノ宮領へ
誤魔化しきれないと諦めた平助は、クラが止めるのも聞かずに弐ノ宮で何があったか全て話した。
「ふん、弐ノ宮では幼い娘を集めて、なにか良からぬことをしているかも、と。
たまたま助けたこの子を連れて逃げたら境内の草木が襲ってきた。
それをクラの旦那が助けてくれて逃げてきたのか」
「うん」
神妙に平助はうなずく。
「旦那、姫様から”黄昏の森“のことはきいてます。話せないのはそれに関わることだからですね」
クラはうつむいたまま返事をしない。
「尾張城下に来て、いくつか分かったことがあります。それはすべて”最後の大いくさ“につながることでした。つまり……」
林太は深く息を吸ってから思い切って言う。
「……”最後の大いくさ“で本当にあったことを、それに関わった方々の口を封じて、無かったことにしようとしている……」
クラは変わらず俯いたまま返事をしない。
だが答えられないことこそが答えなのだ。
林太はクラの様子を見て当たりだと思った。
「そうと分かれば、“黄昏の森”にいくさに参じた者を集めた理由も変わってくる。あれは口封じでもあったのですね」
クラの大きな身体が小刻みに震える。林太はこれより先は踏み込まない方が良さそうだと、本音を言う。
「安心してくれ、クラの旦那。俺はそれを掘り返そうと思ってない。むしろ、そちらの意向に従って、無いことにしたいんだ」
クラの震えがとまり、顔を上げる。
「本当か、林太」
「ああ。俺は天下泰平がいちばんだと思ってる。隠したいなら隠せばいいさ、俺、いや、今の世には関係ない」
「そ、そうか。よかったぁ」
心からの安堵の声に、林太は冷や汗がどっと出た。
──もし手を引かなければ、旦那は俺と平助を手にかけるつもりだったな。あぶなかったぜ──
「とは言えだ。旦那、気がかりがひとつある」
「ああ、……さくら姫だな」
ふたりは同時に顔をしかめる。
「俺たちが避けても姫様が首を突っ込んでくるぞ。なにしろ好奇心の塊だからな」
「そうだな」
林太とクラがため息をつく。それに反応したのか、おたえがうう〜んと寝言を言う。
「おっと、その前にこの子を何とかしないと。旦那はどうするつもりだったんだ」
「さてどうしたものやら。女衒から取り戻すつもりで追いかけたが、連れ戻しても吾平がまた売るかもしれんしなぁ」
「この子は何と言ってる」
「帰りたいの一点張りだ。まあ当然だろうな」
「母親は」
「なかさんは取り返したいと言ってるが、取り返しても吾平には敵わないだろうしなぁ」
「そんな夫なら三行半くれてやればいいのに」
「そこが男と女の妙なところだ。別れる気はないらしい。まあ他人から見ても親子三人仲良くしてもらうのが一番だしな」
「父親が心を入れ替えるのは」
「……難儀かなぁ……」
やれやれと今宵何度目かのため息をクラはついた。
「それで林太の知恵を借りにここまで来たんだ。どうすればいい」
「そんなこと当てにされても……あ、あるか」
林太は頭を抱えかけながら、ふっと思いつく。
「おお、あるか。さすが林太だ」
「だろう、おっさん。リン兄に頼れば何とかなるんだよ」
ずっと黙っていた平助が、我が事のように自慢する。
「少しは自分で考えろ。平助、お前はちゃんと考えられるのに俺か姫様がそばにいると、考えるのをやめるだろう。その癖直せ」
叱られて、うへっとなる平助。
「まあまあ。それよりも考えというのを聞かせてくれ」
「まったく。平助、いおり様を覚えているか。壱ノ宮領の」
「うん、いおり姉ちゃんだよね。覚えてる」
「ちょうど今、尾張城下に来ている。紹介状を書いてやるから、そこに行って頼って来い」
「ええー、リン兄はー」
「たわけ、俺は屋敷務めだ。しかもまだ下っ端のな。休めるわけないだろう」
「ちぇ〜」
思わず頭を叩こうとしたが、クラが割って入る。
「まあまあ。それでそのいおり様というのは会ったことないが、当てになる御仁なのか」
「ああ。壱ノ宮領主の瀬々佳乃様の懐刀みたいな方だ。何とかしてくれるだろう」
「ふ〜む」
クラはまだ半信半疑のようだったから、林太はひとこと付け加える。
「姫様が頭の上がらない御仁です」
「そりゃ当てになるな」
クラがそう言うと、三人は笑いを堪えるために肩を震わせるのだった。
※ ※ ※ ※ ※
翌朝、狭い長屋で大の男三人が寄り添って寝たので、皆、体の節々を痛む目覚めを迎えた。
林太はわずかながらの駄賃と、いおり宛の紹介状を書いて渡し、道順を教える。
「いいか、余計なことを言うなよ。言葉に詰まったらクラの旦那にまかせろ。いいな」
「う。うん。わかった」
二人のやりとりを見てクラは、平助が独り立ちしてないのは林太が母親みたいに世話をしてるせいかもしれんなと、にやついた。
「クラの旦那、笑ってないで頼んだよ。平助はお尋ね者になっているかもしれないんだから」
「わかったわかった。それじゃ行ってくる、ありがとうな」
おたえを背負って平助とともに歩き始めるクラ。
「大丈夫かなぁ、あの二人」
林太は余計なことを言わないでくれと、願うばかりだった。
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