壱ノ宮領主 瀬々佳乃 五
林太は急ぎ長屋に戻り、まずは書き写すことにした。
──おそらく”最後のいくさ“で何かあったのだ。そしてそれを幕府が隠そうとしている──
林太は今、まさに、その真っ只中にいると肌で感じ、ぞっとした。
命あっての物種と思い、目を逸らして忘れようとしたが、日ノ本すべてで焚書をし行っているというのなら、やはり幕府が関わっているやもしれぬ。
自分たち士分並程度なら、闇から闇へと葬り去られるだろう。そして……。
「幕府相手なら姫様とて危ない。やめさせなければ」
──だがどうやる、どうやってやめさせる。間違えるとむきになってとことんまで調べるぞ──
林太は拾話集を書き写しつつ、諦めさせる手掛かりになりそうな話を探す。
「この死なない人の話は間違いないな。平助と典翁からも聞いてる。となると……それに似たような話か」
だが、なかなか手掛かりがつかめない。林太はふうとため息をついて、ぼんやりとろうそくの明かりを見つめる。
ゆらゆらと火が揺れる。どこからか風が舞い込んでいるのだろうか。
「あ」
ろうそくの火で思い出した。佳乃に会ったことを。そして武士よりも神職の方が位が高いことを。
「人にあらざる者、狐狸妖怪の類いをやっつけられるのは神々。
朝月様が言っていた、五祭祀家が味方して勝利祈願をしたから“最後の大いくさ”で東軍が勝てたと。
ならば西軍には狐狸妖怪が味方についていて……五祭祀家が東軍について勝てたということか」
だが林太の考えはここで止まった。何故それを無いことにしたいのかが、分からなかったのである。
「となるとクラの旦那が神隠しにあったのは、これに関係しているやもしれぬ」
まずい、何としても平助とさくら姫に伝えなくては。
だがどうやって。
「平助は姫様が動かなければ関わることはない。ならば姫様に伝えなければ」
林太は思案の末、自分の字で拾話集を書き写してさくら姫に贈るという手段をとった。
「これなら俺が拾い集めたことになるだろう。雑多な話ばかりだが、その中でも伝えたい話には蝋を塗っておいた。姫様なら気づくだろう。そして俺につなぎをとろうとするはずだ」
後はままよと、林太は考えるのをやめることにした。
※ ※ ※ ※ ※
三日後、林太手製の拾話集は顔なじみになった出入りの商家に頼んで、手紙と一緒に元秋屋に運んでもらうことにした。康之進からさくら姫に渡してもらうことにしたのだ。
そして元の拾話集は貸本屋に返し、やはり御禁制になるから表には出すなと念を押した。主人は仕方なく、そうすることにした。
そして数日後、商家からちゃんと届けたという報せを受け、ようやく胸をなでおろしたのだった。
※ ※ ※ ※ ※
ところが、である。
元秋屋からさくら姫に渡されるはずの拾話集だったが、さくら姫付き御年寄のきさらぎに没収されてしまったのである。
「今は大事な時、こんなくだらぬ物、姫様に見せるわけにはいきませぬ」
かくて林太の思いが届くのは、さくら姫が牢屋の中で毒殺されるのを免れた後となった──。
※ ※ ※ ※ ※
そしてそれから十日ほど過ぎた頃、林太のもとに珍客が難題とともにやってくる──。
涼しい夜であった。使番の仕事もなく、屋敷で帳簿づけを手伝ったあと瀬鳴屋敷から出て長屋に帰る途中、誰かにつけられた気がした。
「リン兄、リン兄」
聞き覚えのある声、というかずっとそばで聞いていた声である。
「平助か」
林太が振り返ると、幼い娘を背負った大男と平助が立っていて驚く。
「林太、久しぶりだな」
大男がやわらかく声をかける。
「その声、クラの旦那か」
生きていたのかとさらに驚く林太。
色々訊きたいことがあるが、このまま往来で話し込んでいると目立つので、林太は仕方なく長屋へと連れて行く。
※ ※ ※ ※ ※
道々、思い思いに話す平助とクラの話を聞き、それぞれの言いたいことが分かると、林太は頭を抱えた。
長屋に着き、幼い娘のたえを布団で寝かせたあと、隅の方に移り三人は小声で話し合う。
「え〜っと、つまりこういうことだな。
クラの旦那は瀬月様と繋がっていて、頼まれて姿を消すことにしたと。
その前に挨拶まわりに──挨拶まわりしたら神隠しにならないでしょうが──してたら、このたえって娘が女衒に売られたと知って取り戻しに行った。
そうしたら弐ノ宮に売られたことを知って、取り戻しに来たら、平助がこの娘とともに禰宜達に襲われていたから、助けて逃げてきた……ということだな」
「うん」
平助は頭を掻きながら返事をする。
「……で、何を隠してるんだ」
林太が静かに尋ねる。
「な、なんにもだよ」
平助はちらとクラを見る。
それを見て林太は、はあとため息をつく。
「旦那に口止めされてるのか。ということは……黄昏の森のこと……」
「……」
「……じゃないな。となると……、人外のものが……弐ノ宮でも出たのか」
「……」
「当たりか」
兄貴分の林太は、平助の面倒をずっとみてたから態度でだいたい分かってしまうのだ。
「おっさん、やっぱり駄目だよ。リン兄には隠せないよぉ」
クラも両手で頭を掻きながら諦める。
「林太、もう少したわけになってくれんか」
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