壱ノ宮領主 瀬々佳乃 四
「まったく、とんだとばっちりだな」
「申し訳ありません」
武家屋敷が立ち並ぶ道を歩きながら朝月はぶつくさ言い、その度に髷を結った林太が謝るというのが続いていた。
白邸領から来て半月程度では、髷が結えるほどに髪は伸びていない。最低でも二、三年はかかる。
しかし使番を命じられた以上、武士として髷を結わねばならぬ。
「どうしたものやら」
頭を抱える朝月に何とかしますと林太はこたえ、翌日、立派な髷を結って屋敷にやってきたのだ。
「なんと。これはどうしたことだ」
「こういう理由です」
そう言うと林太はすっと髷のかつらを外し、坊主頭を見せる。
「《《かつら》》か。そうは見えなかったぞ」
「は。某が姫様の御付きであったころ、姫様より細工仕事をよく頼まれまして、このような物がいくつかあります」
「ほう。怪我の功名というやつだな。いやそれにしてもよく出来てる、これなら大丈夫だろう」
ということで、紋付羽織袴でかつらを被ると、林太と呼ぶより高見林太郎と呼ぶ方がふさわしい姿となった。
そして朝月とともに、各屋敷に挨拶まわりをしているのである。
元来、わざわざ使番を紹介するような真似をせず、身分証明の書付けを持たせるだけなのだが、朝月という御仁は世話焼きな性分らしい。
挨拶まわりをしがてら、各家の留意する点を教えてくれた。
「しかし本当なんですね」
「何がだ」
「書物や人伝に聞いてはいたのですが、領主と武士では格が違うと」
「そりゃそうだ。白邸領は武士が幅を利かせているが、他の領では宮司が領主なのが当たり前だからな」
「藩主は武士なのに、領主は宮司なのは何故でしょう」
「知らんのか。昔、“最後の大いくさ“というのがあったのは知ってるか」
「はい。天人様、つまり護廷将軍様率いる東軍と、神朝廷に弓を引いた大名達の西軍とのいくさですよね」
「そうだ。その時に五祭祀家が東軍の勝利祈願をしたから勝てた。それゆえ護廷将軍は五祭祀家を優遇し、各藩に神社を建立して領地まで与えたのだ。我々武士はその警護という立場なのだ」
──どういうことだ……──
そこが林太には分からなかった。
勝利祈願しただけで、各藩に神社どころか領土と位まであげるだろうか。
異を唱えたところで朝月が答えるとは思えなかったので、黙ることにした。
それからしばらくして、朝月の教えうけ、林太は使番をそつなくこなすようになった。
そして佳乃も弾正から事の次第を聞いて、林太を呼ぶのを控えるようになった。
※ ※ ※ ※ ※
「おお兄さん、久しぶりだねぇ。丁髷になったのか、さむれぇっぽいじゃないの」
久しぶりに貸本屋に顔を出した林太に、主人は顔をくずした。
「いやいや近頃は忙しくってね。何か面白い本は入ったかい」
「いんや。ここんとこは変わりばえしないねぇ」
「そうか。あらかた読んでしまったなぁ」
がっかりする林太に、主人はしばらく黙ってからままよと声をかける。
「兄さん、絶対に他言しないというなら《《当て》》がある……ような……ないような……」
「あるのか」
林太が目を輝かせる。
「いやまあ」
「他言はしない、絶対しない、何があるんだ、さあ、さあ、さあ」
美丈夫で沈着冷静な林太であるが、本に関しては我を忘れる。
主人もこりゃ本物だなと確信して、隠し持っていた本を取り出す。
「これは」
「あたしが書いているものでして、拾話集です」
「拾話集というと、主人が拾い集めた話ということか」
「ええ。あたしが覚えてる話とか、人から見聞きして面白かった話を書き留めているんです」
主人は林太にそれを渡し、林太はひらりと開く。なかなかの達筆だった。
どこそこの誰それから聞いたと書き出し、滑稽話や徳の高い話、妖しい話が書かれていた。
「ふむ、これは面白い。徒然なるままに書かれている話が、こんなにも面白いとは」
「お気に召しましたか」
「うむ。しかし何故これを出し惜しみしたのです」
「ほら焚書の件があったでしょ。それに引っかかるかと」
「ああ」
拾話には領内で起きている妖しい話や、お年寄りが自分の身に起きた不思議な事の身の上話などもあった。
「いくさ場で息の根を止めたと思った敵が起き上がってきたので、ふたたび止めを刺した話。
重い病の父親を助けてほしいと信心深い娘が狐憑きとなり父親が助かった話。
行方知れずであった妻が若返って戻ってきた話。
こっちは一夜にして城ができた話……たしかにそうかも。まてよ……」
林太はいくつかの話に、どこかで聞き覚えがあるような気がした。
──どこでだろう。確かついこの間、いや、はるか昔のような……──
「あ」
いくさ場で息の根を止めたと思った敵が起き上がってきた話、これはさくら姫と平助が“黄昏の森“で出くわした話と同じだと気づいた。
それだけでなく、はなおか一座の典翁も“最後のいくさ”で見たと言ったのも思い出した。
──不味い──
それが何故かはまだ分からないが、これは御上に知られると捕まる代物だとは直感した。
「御主人、すまぬがこれは頂いていく。これは確かに引っかかるやもしれぬ。どれが駄目か調べてくるから、悪いようにせぬから、今は渡してくれぬか」
林太の必死な願いに、主人は焚書のことを思い出し「わかった、信用する」と預けてくれた。
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