壱ノ宮領主 瀬々佳乃 三
その後は、白邸領に移った後のさくら姫のことを尋ねられ、城を抜け出して領内をふらふら歩く毎日のことを林太は話す。
「ほほう、元秋屋のことは聞き及んでおる。近頃の白邸領は華やかで活気がある、それは女子衆が明るく楽しくしているからだと。そうか、さくらが絡んでおったか」
「はい。元秋屋の主人、元秋康之進様は姫様に心を動かされ『女子が明るく楽しむ世にしたい』を信念とし、武士を辞め商人となり、領内の野にある才ある者を取り立てて日を当てる、を生業としました」
「うむ。それは良いことをしたな」
ほかにもいろいろな武勇伝を話すと、佳乃は困った顔をしながらも、可愛い姪が楽しく生きていることに顔をほころばせた。
※ ※ ※ ※ ※
「佳乃様、そろそろ……」
巫女のひとりが声をかける。
「うむ。もうそんな刻になるか。林太、楽しませてもらったぞ。いおり、あとを頼む」
佳乃は立ち上がると、奥の部屋へと戻っていった。
林太の前に、いおりと呼ばれた恰幅のよい巫女が座り、挨拶をする。
「高見様、今宵はご足労いただきありがとうございます。さ、こちらへどうぞ」
いおりが立ち上り、林太も立ち上がると草履を履いてついていく。
屋敷を出る手前で、いおりから包を持たされる。
「これは」
「握り飯と煮物です。里芋、好きでしたよね」
「え、ええ」
里芋の煮物はたしかに好物だ。だが何故この巫女は知っているのだ。たしか《《いおり》》と呼ばれて……林太はようやく気がつく。
「あ、いおり様でしたか。御無沙汰をしております」
慌てて頭をさげる。
「呆れた、気づいてなかったの」
「だってあれから四年ですよ」
「そうね。林太もおおきくなったわねぇ」
見上げられながらも子供扱いされて、林太は苦笑する。
いおりは壱ノ宮領にいた頃のさくら姫の御目付役であった。
※ ※ ※ ※ ※
──佳乃に敵わないと悟ったさくら姫に、二つ歳上のいおりが世話役としてあてがわれた。
痩せ細っていたが、いおりは子供の頃から姉御肌でさくら姫になんだかんだとかまっていた。
ときには煩いと反抗するさくら姫だが、それでも世話を焼くので、次第に本当の姉妹のようになる。
林太と平助がさくら姫と遊ぶようになると、まとめて面倒みてやるとばかりに、三人の姉のような立場になったのだ──。
※ ※ ※ ※ ※
「もともと頭が良いと思ってたけど、武士になったのね。嬉しいわ。忘れられてたのは悲しいけど」
と、大げさに泣くような仕草をする。
「だってこんなに……立派になってるなんて」
「太ったって言いたいんでしょ」
「いやまあ」
「これでも食べる量は変わってないのよ。つまりあんたたち三人の面倒が、いかに大変だったかということよ」
相変わらずのお姉さん口調に、林太は懐かしく思う。
「もっとゆっくり話したいけど、支度があるからもどるわね。運良く会えてよかったわ」
「運良くとは」
「いつもの領内見回りよ。佳乃様について壱ノ宮領に戻るの」
「ああ、そうなんだ。俺も会えてよかったよ」
「じゃあね。平助にも達者でと伝えといて」
「今度会ったら言っておくよ」
名残惜しくも通用口を閉められ、林太は敢えて提灯を灯さずに離れていく。
※ ※ ※ ※ ※
翌朝、屋敷に出ると案の定、同僚の質問攻めにあった。
「高見、どうだどうだ、いい女がいたか」
「瀬々屋敷は女子ばかりだというが本当か」
「竜宮城に行けて羨ましいのぅ、白邸領で亀でも助けたか」
うんざりしたが、顔には出さずに神妙な顔で「姫様のお見合いが破談になったことを厳しく叱られた」と言うと、誰も疑わず納得した。
その後も三冬家老に呼び付けられ、何を話したかを細かく訊かれたが、やましいことは無いということで放免となる。
昼頃に、腹をさすりつつ上司の朝月が出仕したので、昨日の出来事を報告する。
「腹下しがぶり返しかけたぞ。あのな高見、前にも言ったが領主と家老で足の引っ張り合いをしているのだぞ、あまり目立つ真似をするではない」
「申し訳ありません」
「とは言うものの、とばっちりだとは分かっている」
「は、肝に銘じます」
いちおう事は片付いた。──ようにみえたが、話は意外な方向に進んでしまう。
※ ※ ※ ※ ※
「朝月喜左エ門、高見林太郎、両名を使番に命じる」
三冬家老から不愉快そうに下知され、ふたりは神妙に承った。
「まったく、大殿にも困ったものよ」
三冬家老がつぶやく。
「これは独り言だ。筆頭家老の大殿と尾張藩最高宮司の瀬々様が姉弟であるのは公然の秘密だ。ゆえに御二方が密に連絡を取ると、謀反を疑う方々がでてくる。
御二方もそれを承知しているので、普段はよそよそしくしている。
だがここしばらく高見が瀬々屋敷に頻繁に行くようになった」
久しぶりに林太に会ってしまった佳乃が、可愛い姪のことをもっと知りたいと、呼びつけるようになってしまったのだ。
三冬も進言し、瀬鳴弾正も控えてほしいとやんわり伝えたが、古今東西、弟が姉に敵うことはない。ずるずるとそれが続いていた。
「そこで苦肉の策として高見を使番とし、壱ノ宮領だけでなくすべてのところに出入りするようにしたわけだ」
そして林太だけでは詳細が分からないだろうからと、朝月も使い番となったわけである。
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