壱ノ宮領主 瀬々佳乃 二
瀬々佳乃は瀬鳴弾正正就の姉ではあるが、双子としての姉である。
古来より双子は家督争いのもととして、片方を他家に預けられたり場合によっては“生まれてこなかった”ことにしたことがあった。
だが男女で生まれたことによりその心配はなかった。
念のためと、女である佳乃が親戚筋の壱ノ宮領主、瀬々家に引き取られた。
「はは。御無沙汰をしております。瀬々様におりましては御機嫌麗しゅう──」
「よいよい堅苦しい挨拶は抜きだ。面をあげよ」
「はは」
林太は返事はするが、微動だにしない。
「どうした。あげぬか」
「はは」
それでもまだ頭をあげない。
逆らっているわけではない。ただ恐ろしくて頭をあげられないのだ。
「あげよ」
有無を言わさぬ言葉に、林太は跳ね上げるように頭をあげた。
「ふむ。もとより美丈夫であったが、ますます色男になったの」
「恐れ入ります」
一瞬、忘れ去られたい幼き頃が蘇る。
──林太が はなおか一座にいた頃は座長は女座長であった。
やり手婆でもあった女座長は、ゆく先々の有力商家の女将に、林太をあてがったのだ。
まだ少年になる前から女性に弄ばれていた林太は、己の容姿と、女というものに嫌悪を感じていた。
だがそれを払拭したのが、佳乃とさくら姫である。
ふたりとも他の人々と同じく林太の容姿を褒めるが、それだけで色恋の情をまったくもたなかった。
それゆえ林太は、佳乃とさくら姫には好感を持っている。
だが好感と苦手は別のものである。
「林太、儂はおぬしに何を頼んだか覚えているか」
「……覚えております」
儂、などと自分のことを言う佳乃だが、優雅で端麗な女性である。弾正と同じく、まだ四十半ばである。
しかもどういうわけか、見た目はそれより十は若くみえる。さくら姫と並べば母娘というよりは姉妹と間違えられるかもしれない。
だが見た目がそうでも、中身はそうではない。
「さくらは儂の大事な姪である、ゆえに身命を賭して護るように。──そう言ったと覚えているが」
「一字一句間違いございません」
「では何故、儂の耳にお見合いが破談になったという話が聞こえてくるのだ」
穏やかな物言いであるが、言外に責めているように感じる。
──やはりそのことか──
林太は弐ノ宮に左遷された平助を、羨ましく思えてきた。
※ ※ ※ ※ ※
──さくら姫が七つのとき、あまりにじゃじゃ馬で義弟の辰之進に怪我を負わせたことがある。
このままではいかぬと考えた佳乃は、さくら姫を引き取り、壱ノ宮領に連れて来て礼儀作法を叩き込んだ。
むろん、さくら姫が大人しくきくわけがない。
歯向かっては叩きのめされ、逃げては追いかけられ、捕まって暴れても、とことん責められる。
ついにさくら姫は敵わないのを認め、言うことをきくようになり、ようやく姫としての体裁を整えたのである。
そして六年の月日が経ち、十三の歳に見合いの話が舞い込んだ。
相手は小藩ながらも尾張護廷家に連なる親藩の跡取り息子で、家柄は申し分なかった。
佳乃は喜んでその話を受けて、さくら姫を白邸領へと返した。
だが、である。
その見合いは破談となり、相手の跡取り息子は旅に出て、親藩は下手すればお取り潰しの憂き目にあったという。
佳乃はそれを耳にしたとき、怒り心頭に発し目眩がして倒れそうになった。だが、すぐに藩主に詫びに向かった。
だが、尾張藩主の護廷喜直は、気にするなと笑って赦してくれた。おかげで大事にならずにすんだのだった。
※ ※ ※ ※ ※
「詳しくは聞いておらぬのだ。林太、知っていることをすべて話せ」
下手なことを言えばこの世とお別れになる。だが嘘が通じる相手ではない。
林太はままよと、話し始めた。
「壱ノ宮領を離れるとき、某と平助もついて白邸領へと移りました。
某たちは男の子ということで姫様から離されましたが、陰ながらお仕えするということで、そばにいることを許されました。
縁談のことですが、姫様はまだその気ではないと見受けました。なので断られようと考えたのでしょう、『わらわより弱い相手に嫁ぎたくない』と申し始めまして……」
「それで」
「それをお相手の使者殿に面と向かって言ってしまったので、向こうに伝わってしまいました。
相手方は、そのぅ……姫様の武勇伝を耳にしていたようで……面白いと、剣術の仕合をすることに……」
「相手方も承知したのか。どうりで抗議してこなかったわけだ。それでどうなった」
「相手の柳江津左衛門麻実様は、《《あざみ》》と呼ばれるほどの変わり者ですが、腕に覚えがあるとみえて意気揚々と仕合に訪れました」
「《《あざみ》》か。たしか浅むとは”驚きあきれる“という意味があったな。なるほど」
「仕合は双方よく戦いましたが、姫様に軍配があがり、柳江津様は己の未熟を恥じて剣術を磨くと、修行の旅に出てしまったというわけです」
林太は嘘偽りなく、本当のことを話した。
佳乃はすでに聞き及んでいる話とすり合わせていたが、本当のことらしいと納得した。
「……よくわかった。さくらもさくらだが、相手も相手だったようだな。それにさくらの心の内を慮らなかった儂にも非がある。ずっともやもやしておったが、これで収めることにしよう」
佳乃の言葉に、林太はとりあえず胸をなで下ろした。




