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巫女姫剣士浪漫譚 さくら姫 舞う  作者: 藤井ことなり
第二章 それぞれのひと月
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高見林太郎 その4

「それでまあ、やっぱり本が好きでな。版元が刷り始めた本を扱っているんだが……」


「なにかありましたか」


「兄さん、さむらいなんだろ」


「いや……使いっ走りで……」


「歳はいくつだい」


「十八になります」


「あー、なら知らねぇか」


「何をです」


「大きな声じゃ言えないけどよ、御上が差し止めた本があるんだよ」


 貸本屋主人は声をひそめる。


 林太は書物奉行与力である。白邸領における隠密のような存在で、領内の見聞を拾って報せる役目を担っていた。


 それに頭が切り替わる。


「本があるって……ここにかい」


「ちがうちがう」


 貸本屋主人は慌てて手を振る。


「そうじゃなくて木曽川(はちりゅう)があばれる前までよかった本がいくつか駄目になったんだよ」


「そんなことが。どんなやつです」


「う~んとよ、狐狸妖怪の拾集みたいなやつだな」


「え、このまえ鳥獣戯画を借りたけど」


「ちがうちがう、化け狸とか河童とかお化けのたぐいだよ」


「それだってみたことあるよ」


 途端、主人の顔色が変わる。


「ど、どこで。どこで読んだ、いや、手に入れたのか」


 変わりように林太は驚くが、それをおくびにも出さずに落ち着いてこたえる。


「白邸領だよ。書庫で読んだ」


 そう聞いてがっかりする主人。


「あぁそうかぁ。兄さん侍だものなぁ、そういうのは尾張(ここ)には出回ってないんだよ」


「そうなのか」


「ああ。……十年くらい前かなぁ、“ふんしょ”ってやつがあってな」


 ──焚書(ふんしょ)といえば、権力者などが書物を焼却することだ。それによって、特定の思想や知識を消し去るのが目的だったはず──


「それからは狐狸妖怪の類いについて、書き残すことはできなくなったんだよ」


 ──林太は白邸領での仕事のひとつに《《それ》》があったのを思い出した。

 とはいえ、そんなものは領内では見たこともなく忘れていたのだ。


「……ああ思い出した。そんな頃かなぁ、よその藩から出入りの取り調べが厳しくなったって行商が言ってたな」


「ふぅん」


 昔話、というか歴史が好きな林太は、藩の記録書にそんな記述があったなと思い返す。


(そうか、白邸領のものはすべて集め終わっていたから、その違いに気づかなかったんだ)


「御主人、ということは他の藩にはまだあるということですか」


 林太が読みたそうに尋ねると貸本屋主人は首をふる。


「他藩も似たようなものだと。どうやら藩ではなく幕府からの御達しらしい」


 話がでかくなってきたと感じた林太は、ここで深掘りするのをやめて、まだ読んでない本を借りて長屋に戻ることにした。


※ ※ ※ ※ ※


 夜、ろうそくの明かりをたよりに、うつ伏せになりながら大好物の本を読む──はずが、どうにも昼間の話が気になって、何度も同じところを読み返すばかり。


「ふ~む、狐狸妖怪の類の本を幕府、つまり日ノ本すべてが無くそうとしている。……どうしてだろうか」


 読むのを諦めて本を放りだし、仰向けになり目をつむる。


「こんなことが気になるなんて、まるで姫様みたいだな」


 うつったのかなと、くすっと笑う。


「姫様なら、なぜじゃ、どうしてじゃと尋いてくるだろうな。そしてそれを俺や平助が走りまわって調べて……」


 思い出し笑いをしたあと、しばらくして真顔になる。


 ──ちょっと待て。どうして俺はここにいるんだ──


 ──瀬月様からいつまでも傅役をしているわけにはいかない、男子(おのこ)として出世の道を勧められて──


 ──いや、その前に姫様と平助が奇妙な連中に会ったというのを調べていて──


 ──奇妙な連中とは斬っても突いても死なない者だという。まるで化け物のような……妖(あやかし)のような──


 奇妙な符合が重なりつつある。


 ──尾張城下(こちら)に来てから覚えることが多く忙しく過ごしていた。

 忙しい、この字は心を亡くすと書く。そして同じく心と亡くすと合わせて忘れるという字にもなる──


 ──思い返せば連日連夜の誘いは妙だ。おかげで寝不足で仕事以外の事は考えられなかった──


 ──これがもし謀(はかりごと)ならば、姫様や平助、そして妖のことを忘れさせるのが目当てなら、まんまと術中に陥っているぞ──


 林太は起き上がり胡坐をかいて、ろうそくの火を見つめる。


 ──これが謀(はかりごと)なら誰が考えた。

 これほどのことを考えられるのはやはり……瀬月様か。

 いやまて、ここに来たばかりの時を思い出せ、瀬鳴弾正(大殿)になにを訊ねられた、あの森のことだ。

 ということは……──


「領主様……いや藩主様……まさか幕府が……」


 あまりに突飛な考えが思いつき、林太は背筋が寒くなる。


「これは……触れない方がよい。下手をすれば命を落とすやもしれぬ」


 そう考えると、鍛冶屋のクラが行方知れずとなり、小屋が無くなっているのも腑に落ちる。


 林太は命あっての物種だと忘れることにした──。


※ ※ ※ ※ ※


 翌日から林太はよりいっそう仕事に打ち込むようになり、瀬鳴屋敷の者たちから少しずつ受け入れられるようになる。


 もうこのままでいいだろう。俺は侍に、武士になるのだ。そう生きていこう。


 林太はそう心に決めたのだった。

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