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巫女姫剣士浪漫譚 さくら姫 舞う  作者: 藤井ことなり
第二章 それぞれのひと月
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高見林太郎 その3

 ──近頃の高見はどうじゃ──


 ──もうふらふらの半死半生でございますな──


 ──たしかか──


 ──仕事はしくじりばかりで、叱責が多くなりました。夜は夜でつねに宴に誘われて寝不足にしております──


 ──そうか。それならよい──


 ──お恐れながら、このままでは本当に死んでしまうかと──


 ──ふむ。それはそれで困るな。騒ぐ者ができてしまう。……うむ、ならば夜は寝かせてやれ。気力が戻ってきたらまた寝不足にすればよい──


 ──は。ではそのように──


※ ※ ※ ※ ※


 何処かで交わされた密談のおかげで、林太はようやくぐっすり眠れるようになった。


 だがそれだけではおさまらなかった。林太はすでに禁断症状が起きていたのだ。


 本を読みたい。


 林太は仕事の帳簿以外の本をずっと読んでいなかった。


 白邸領にいたころは書物奉行勤めでさくら姫御付きという立場をもあって、書庫に入り浸り書物を読み漁っていた。


 幼い頃、はなおか一座にいた林太は子供の愛嬌で人気があったが、小柄でより愛嬌のある弟分の平助に、取って代わられた。


 幼いなりにあせりを感じた林太は、平助を妬みながらも足を引っ張るような真似をせず、なにかしなくてはと考えた。


 そんな時、面白可笑しく話す喋り芸の爺さん、典翁(のりおう)が書物を読みながら喋っているのを見かける。


 典翁は読み書きできると多くのことを知ると教えて、実際に読み書きをできるようにしてくれた。


 そのおかげで林太は知識により心の落ち着きを取り戻し、平助ともぎくしゃくすることが無くなった。もっとも平助は全然気づいていなかったが。


「どこかに本が読めるところはないか」


 ゆっくり寝られるようになったおかげで昼間の仕事はしくじらなくなったが、本が読めない禁断症状が苛立ちをつのらせた。


 そんなある日。


 お使いを頼まれてとある商家に行き、品物を用意してもらっているときに丁稚が怠けているのが目に入った。しかも本を読んでいる。俄然、林太は興味を持つ。


「おいおい、それは何の本だ」


 急に話しかけられ、怒られるかと慌てて逃げ出そうとする丁稚の襟首をつかむ。


「逃げるな逃げるな。叱ろうとしてるんじゃない、本が好きなだけだ、信じてくれ」


 色男ゆえ女のあしらいは得意だが、子供となると難しい。


 なんとか信じてもらって、本はぼろぼろに破れたから貸本屋からもらったと教えてくれた。


「その貸本屋はどこにある」


 懇願して、丁稚に案内してもらいそこへ行く。


 尾張城から南東のところに貸本屋はあった。


「おお、おおおお〜」


 いつも沈着冷静な林太が叫び声を上げる。


 さくら姫や平助がいたら、そのことで十年は弄られるだろう。そのぐらい珍しかった。


「御主人、貸してもらえるか」


 息を切らしてぐいぐいくる若侍か職人かわからない色男に、年寄りの貸本屋は胡散臭さを感じる。


 しかも瀬鳴家家中の者と知ってさらに渋い顔をするが、黙って貸すことにした。


「有難い有難い」


 白邸領にも貸本屋はあるがあらかた読んでしまっていた林太は、尾張城下町の読んだことのない本に出会えたのは天にも昇る心地となる。


 五冊ほど借りるとほくほくとして商家へ戻り、丁稚に小遣いをやってお使いをすませる。


※ ※ ※ ※ ※


「遅かったな」


「申し訳ござりませぬ」


 謝りながらもにこにこと満面の笑みを浮かべている林太に、朝月はいよいよおかしくなったかと気味悪く思いながらも同情した。


「まあよい。今日はもう休め、明日からまた来いよ」


「は。ではお言葉に甘えます」


 お使いの品物を渡すと、いそいそと長屋へ向かった。


※ ※ ※ ※ ※


 長屋に着くなり、袂に忍ばせた貸本を取り出し板間に並べる。


 往古、貴族たちによって編まれた和歌の本、異国の論語、歌舞伎物語、鳥獣戯画、そして尾張集拾話。


「さぁてどれから読もうかな」


 舌なめずりしながら我慢できぬと読みやすい鳥獣戯画から手を出す。


 林太の欲するのは知識なのでなんでも読む。


 その中でも一番の好みは歴史物で、昔話は最後にとっておくことにした。


 そしてこの日以来、林太は仕事の合間を縫っては貸本屋に足繁しく通うようになった。


※ ※ ※ ※ ※


「御免、また借りに来たよ」


「兄さんもう読んだのかい」


「うむ。活字物だから読みやすかったな。写本は書き手の癖があるのはちょっと手強いが、それも味とおもえば趣きがある」


 ほくほく顔の林太に対して、貸本屋主人は愛想良くなる。


「なんか嬉しいねぇ。やめなくてよかったよ」


「え、やめるのかい」


 慌てる林太。


「いやいや、昔の話さ。もう十年より昔の頃、木曽川(はちりゅう)が暴れてここら一帯水浸しになったんだよ」


「あ、ああ」


 幼い頃を思い出し、林太は気が沈む。


「それで本が一冊も無くなってな。食っていくのが精いっぱいだから、あの頃はもうやめるつもりだったのさ」


「それでどうなされた」


「まあなんとか食えるようになって、女房子供もできて、御上のお膝下だからと、町の立て直しがはやかったのもあったかな。そうして余裕ができたからまたはじめたのさ」


「女房子供はどうしてます」


「女房は針仕事、子供は丁稚。ほれ、兄さんを連れてきた奴よ」


 どおりで。父子そろって本好きなのかと納得した。

お読みいただきありがとうございます。


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