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巫女姫剣士浪漫譚 さくら姫 舞う  作者: 藤井ことなり
第二章 それぞれのひと月
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高見林太郎 その2

 ──翌朝、夜明け前、林太は身だしなみを整え、いつもの職人姿になると、なるだけ人目につかないよう歩いて屋敷に着く。声をかけると朝月が出てきて驚いた。


「朝月様、お早うございますな」


「うむ、早起きでな。というのは冗談で昨夜は宿直だったのよ」


 あくび混じりに冗談を言う朝月に、林太は好感を持つ。


「ついてまいれ」


 朝月は草履を履き外に出るとそのまま屋敷の庭にまわる。


 林太はそのあとに続き、庭先で朝月とともにしゃがみ控えて待つ。


 すると朝焼けと同時にドタドタと縁側に誰かがやってくる足音がした。


 ──ふたりか──


 片方は無遠慮な足音、もう片方はそれに付き従うような足音だった。


「おお林太、息災か」


 嬉しそうというか楽しそうにかけられた声に聞き覚えがある。


「殿、お立場を考えてお言葉を」


 こっちの厳しそうな声ははじめてだった。


「そうかたいことを申すな千尋。林太は近頃のさくらをよく知ってるのだ、はよう話させろ」


 殿と呼ばれたのは尾張藩筆頭家老にして白邸領の領主瀬鳴弾正正就《せなりだんじょうまさなり》で、千尋と呼ばれたのは白邸領五家老がひとり、三冬雪之丞千尋《みふゆゆきのじょうちひろ》であった。


「どうした林太。はよう話せ」


「……」


「どうした」


 弾正の横で三冬がえへんと咳払いをする。それで朝月が隣にいることに気づき、弾正は三冬に話しかける。


「千尋、高見に即答を許すと伝えよ」


 三冬は承り、朝月にそれを伝え、朝月が林太に伝える。


「お許しをいただきます。御無沙汰をしております瀬鳴様」


「うむ。息災であったか」


「お陰様で健やかに日々を送っております」


 こんな会話をするだけで手間がかかる。だが主従の頭越しは余計な軋轢を生むと林太は知っていたので、返答しなかったのだ。


 その後、さくら姫について極力当たり障りないことを話し、弾正は満足そうにうんうんとうなずく。


「そうかそうか、相変わらず楽しくしておるようだな……なんでも瀬月に叱られたようだが、それは知らぬか」


 さりげなく訊かれた──はずなのに一瞬妙な空気を感じる。


──これは……こたえぬ方が吉か──


「そのようで。私は書物庫にこもっていましたので後から聞きました。何をしたかは教えてもらえませんでしたが」


 しばしの沈黙のあと、「それならよい」と言って弾正はその場をあとにした。


 残った三冬家老は朝月にあらためて林太を指導するように命じ、弾正の後を追う。


「おぬし、大殿と顔見知りであったか」


 ふたりがいなくなったあと、朝月はたまりかねたように尋ねる。


「顔見知りというか、さくら姫の御守りを申し付けられたときに挨拶しただけです。他には何もありません」


「姫様の御守りだと。……それは苦労したのだな……」


 朝月はしみじみと、それはそれはしみじみと、労ってくれた。


「書物奉行の某とかいったかな。それが姫様の御守りをして閑職に追いやられたというではないか」


 津入江のことを言ってるのだろう。尾張屋敷まで話が知られていたか。


「あの姫様の御守り役か……こっちに来られて良かったのぉ」


 朝月の心からの言葉に林太は内心苦笑した。


※ ※ ※ ※ ※


 その後、瀬鳴家尾張藩邸に勤める武士達が出仕すると、朝月により紹介される。


 彼らは林太を一瞥したあと、各々の仕事へ向かった。


「嫌われてますかね」


「いやいや、皆仕事に勤しんでいるだけだ。言ったろう、ここは実力がものをいうところだと」


 朝月は愛想よく答える。


「さて、高見の仕事であるがとりあえずは庭掃除をしてくれ。やり方も教える。そのあとは──読み書きはできるのだな」


「は。書物奉行に勤めてましたから」


「うむ。ここでは剣術(やっとう)など役に立たぬ。読み書き算盤の方が大事だからな。あとは礼儀作法もな」


「は」


「なので礼儀作法を覚えるのと、髷を結えるようになるまでは職人姿でおること。庭掃除を終えたら書き物のやり方を教えるから某のところに来るがよい」


 こうして林太のあらたなる生活が始まった。


※ ※ ※ ※ ※


 瀬鳴家屋敷では、まず塀の外を掃き清め、次に庭木の手入れをして庭を掃く。


 皆が務めている間に、廊下や空いている部屋の掃除。それが終わるとだいたい昼時となり、皆と一緒に食事をとる。


 昼からは頼まれ事があれば御使いや雑務をやり、なければ朝月に書き物のやり方を教わる。


 日が暮れると宿直以外は帰宅し、それぞれの時を過ごす。


 しかし林太は、弾正の命により宿直という名目で話し相手となった。毎晩のように近頃の領内のことやさくら姫のことを聞かれるので、解放されるのは夜遅くとなる。


 翌日も夜明け前に出仕しなくてはならないので、早々に寝るしかなかった。


 そんな毎日が続いたある日、弾正が尾張城に泊まることになったので、ようやく早寝ができると林太は安堵する。


「高見、今宵は宿直はないのだろう。歓迎の宴をするぞ」


 いちばん年若い先輩から誘いを受け、仕方なくお呼ばれしたので、またもや寝不足となる。


 そんな日々が半月ほど続いて、さすがに林太も疲れがたまり禁断症状が出てきた。


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