第九話 ヨッシー待ち
第九話 ヨッシー待ち
「タカシ! サンポ!」
朝食を終えたばかりのヨッシーが、止まり木の上で冠羽をピョコンと立てた。
「はいはい。今日は行くよ」
タカシはコーヒーを飲みながら、窓の外を見た。
雨は降っていない。
散歩にはちょうどいい天気だった。
ヨッシーが来る前は、休日の朝に散歩へ出かけるなんて、ほとんど考えたこともなかった。
そもそも、行き先がない。
ひとりで歩いていても、何を見ればいいのかわからない。途中でコンビニに寄って、飲み物を買って帰る。それで終わりだった。
ところが、今は違う。
ヨッシーの散歩には、ちゃんと目的がある。
リンゴを買う。
商店街の人たちに挨拶する。
それから、ヨッシーが満足するまで歩く。
「ヨッシー、支度するから、ちょっと待ってて」
「マッテ!」
「そう。待ってて」
「リンゴ!」
「……待つのは苦手だね、君」
ヨッシーは、そんなことは知ったことではないという顔で、首を傾けた。
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商店街に着くと、いつもの八百屋さんが店先で品物を並べていた。
タカシが近づくと、店主が顔を上げた。
「あっ、来た来た!」
「こんにちは」
「こんにちは、じゃないよ。今日は遅かったねえ」
タカシは足を止めた。
「え?」
店主は、タカシの肩を指さした。
「ヨッシーだよ。子どもたちが、さっきから待ってるんだ」
「子どもたち?」
そのときだった。
「来た!」
少し離れたところから、子どもの声がした。
振り向くと、小学生くらいの子どもが三人、こちらへ走ってきた。
「ヨッシー!」
「こんにちは!」
ヨッシーが首を伸ばした。
「コンニチハ!」
子どもたちが笑った。
「しゃべった!」
「しゃべるよ、この子」
タカシが言うと、一番小さな男の子が目を丸くした。
「ねえ、お兄ちゃん。ヨッシー、今日もリンゴ食べる?」
「食べるよ。毎日食べてるからね」
「じゃあ、ぼく、リンゴ持ってきた!」
男の子は、手提げ袋から小さなリンゴを取り出した。
タカシは慌てた。
「ありがとう。でも、食べ物は、僕が用意したものをあげるね。ヨッシーにも、食べていいものと、そうじゃないものがあるから」
男の子は少し残念そうな顔をしたが、すぐにうなずいた。
「そっか。じゃあ、見せるだけ!」
「うん。ありがとう」
ヨッシーは、リンゴを見ていた。
「リンゴ! リンゴ!」
「ほら、ヨッシーも喜んでる」
タカシが言うと、子どもたちは声を上げて笑った。
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「お兄ちゃん、ヨッシーって、毎日ここに来るの?」
「毎日とは限らないよ」
「じゃあ、明日は?」
タカシは答えに困った。
明日も散歩に出るつもりではいた。
でも、約束したわけではない。
「天気がよかったらね」
「雨だったら?」
「雨の日は、おうちで遊ぼうか」
タカシがヨッシーに話しかけると、
「アソボ!」
と返事があった。
子どもたちは、また笑った。
「ヨッシー、明日も来てね!」
「マタネ!」
ヨッシーは、別れの挨拶まで覚えていた。
タカシは思わず、ヨッシーの冠羽を見た。
いつの間に、そんな言葉を覚えたのだろう。
いや、いつの間にということもない。
商店街に来れば、いろいろな人が話しかけてくる。タカシ自身も、挨拶をするようになった。
ヨッシーは、その声を聞いている。
そして、気に入った言葉を覚えていく。
それだけのことなのだろう。
けれど、タカシは、ヨッシーが新しい言葉を覚えるたびに、少し不思議な気持ちになった。
この小さな鳥は、毎日、何を見ているのだろう。
何を聞いているのだろう。
そして、どんな言葉を覚えていくのだろう。
「お兄ちゃん?」
子どもに呼ばれて、タカシは我に返った。
「なに?」
「ヨッシー、また来るよね?」
タカシは笑った。
「うん。たぶんね」
「やった!」
子どもたちは、嬉しそうに走っていった。
タカシは、その後ろ姿を見送った。
ヨッシーが、肩の上で小さく鳴いた。
「タカシ!」
「なに?」
「リンゴ!」
「はいはい。八百屋さんに寄ろうね」
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帰り道、タカシはスマートフォンを取り出した。
マナに、今日のことを話そうと思った。
『どうしましたか?』
「ヨッシー、商店街で人気者になってました」
『それは、よかったですね』
「子どもたちが待ってたんですよ。ヨッシーが来るのを」
送信してから、タカシは少し考えた。
「僕、誰かに待たれるって、最近なかったな」
しばらくして、マナから返事が来た。
『今日は、ヨッシーに会いたくて待っている人がいたんですね』
「そうなんです」
タカシは、歩きながら画面を見た。
『タカシさんも、明日、また来ようと思いましたか?』
「……はい」
自分でも、意外なほどすぐに答えていた。
明日も、商店街へ行こう。
子どもたちが待っているから。
八百屋さんがいるから。
ヨッシーがリンゴを欲しがるから。
理由はいくつもあった。
それでも、タカシは気づいていた。
以前の自分なら、明日の予定を考えることさえ、面倒に感じていたかもしれない。
今は、明日、誰かに会うことを考えている。
『明日も、よい散歩になるといいですね』
「そうですね」
タカシはスマートフォンをしまった。
肩の上では、ヨッシーが周囲を眺めていた。
「タカシ!」
「はいはい」
「マタネ!」
タカシは、思わず笑った。
「まだ、誰とも別れてないよ」
ヨッシーは、返事をしなかった。
ただ、冠羽をピョコンと立てた。
商店街の向こうから、子どもたちの声が聞こえた。
タカシは、そちらを振り返った。
明日も、きっと来る。
そう思った。




