第八話 ヨッシーとアレクサ
第八話 ヨッシーとアレクサ
朝、タカシは妙な声で目を覚ました。
「アレクサ!」
居間から聞こえた。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
「アレクサ!」
もう一度。
続いて、機械の声がした。
『はい、何でしょう?』
タカシは布団の中で目を閉じた。
……まさか。
急いで居間に行くと、ヨッシーがケージの中で、黄色い冠羽をピョコンと立てていた。
「アレクサ!」
『はい、何でしょう?』
「オハヨ!」
『おはようございます』
ヨッシーは満足そうに首を傾けた。
「リンゴ! リンゴ!」
『すみません、よくわかりません』
「リンゴ! リンゴ!」
「ヨッシー!」
タカシは思わず声を上げた。
ヨッシーが振り向く。
「タカシ! オハヨ!」
「おはよう。……いや、そうじゃなくて」
タカシはスマートスピーカーを見た。
アレクサは、いつもどおり、何も知らない顔でそこにいた。
もちろん、顔はない。
タカシは自分で自分に突っ込んでから、ため息をついた。
「お前、いつ覚えたんだよ」
ヨッシーは答えない。
代わりに、
「アレクサ!」
『はい、何でしょう?』
「リンゴ!」
「……朝ごはんにしような」
タカシは、ひとまずヨッシーにリンゴを用意することにした。
芯と種を取り除き、小さく切って皿に置く。
ヨッシーは待ちきれない様子で、止まり木の上を行ったり来たりした。
「リンゴ! リンゴ!」
「はいはい。お待たせしました」
ヨッシーがリンゴをついばむ。
タカシはその様子を眺めながら、ようやくコーヒーを淹れた。
静かな朝になるはずだった。
どうしてこうなったのだろう。
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考えてみれば、原因は自分にあるのかもしれない。
タカシは、毎朝のようにアレクサに話しかけていた。
天気を聞く。タイマーを頼む。ときには音楽を流してもらう。
「アレクサ、今日の天気は?」
『今日は晴れ、ときどき曇りでしょう』
「アレクサ、十分快適に……じゃなかった、十分のタイマーをセットして」
『十分のタイマーをセットしました』
そんなやり取りを、ヨッシーは近くで聞いていた。
ヨッシーは、人間が思っているよりも、よく聞いている。
タカシが「アレクサ」と呼び、機械が返事をする。
その繰り返しを、ヨッシーも覚えたのだろう。
そして今、自分で呼びかけてみたら、ちゃんと返事が返ってきた。
ヨッシーにとっては、なかなか面白い発見だったに違いない。
もちろん、アレクサの仕組みを理解しているとは限らない。
それでも、声を出すと声が返ってくる。
それが楽しいのかもしれなかった。
「アレクサ!」
『はい、何でしょう?』
「オハヨ!」
タカシはコーヒーを吹き出しそうになった。
「もう、いいから!」
ヨッシーが冠羽を立てた。
「タカシ! オハヨ!」
「はいはい、おはようございます」
どうやら、今朝はヨッシーのほうが一枚上手だった。
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昼過ぎ、タカシはパソコンを開いた。
昨日、ヨッシーと商店街を歩いたことを書こうと思ったのだ。
ファイル名は「彼女について」。
その文字を見ると、まだ少し胸が詰まる。
それでも、以前よりは、画面を開くことができるようになっていた。
タカシはキーボードに手を置いた。
「ヨッシーは、アレクサと話すようになった」
一行書いて、手を止めた。
……これでは日記だ。
いや、日記で何が悪いのだろう。
タカシは考えた。
以前の自分なら、こんな出来事をわざわざ文章にしようとは思わなかったかもしれない。
けれど、今日は、書いておきたいと思った。
ヨッシーが初めてアレクサに話しかけた朝。
それを見て笑った自分。
ほんの小さなことなのに、記憶に残しておきたい。
タカシは、もう一行書いた。
「アレクサが返事をすると、ヨッシーは嬉しそうに、もう一度呼びかけた」
そこまで書いたところで、
「アレクサ!」
背後から声がした。
『はい、何でしょう?』
タカシは振り返った。
「ヨッシー、今、仕事中!」
「タカシ! オハヨ!」
「だから、もう昼!」
「オハヨ! オハヨ!」
タカシは笑ってしまった。
書きかけの文章は、そこで止まった。
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夕方、タカシはマナに話しかけた。
「今日、うちのヨッシーが、アレクサと友達になったみたいなんです」
『友達、ですか?』
「僕がいつもアレクサに話しかけているのを覚えたみたいで。自分から呼ぶんですよ」
『それで、アレクサは返事をしてくれるんですね』
「そうなんです。ヨッシーが『リンゴ!』って言うと、アレクサはリンゴについて検索しようとするんです」
『ヨッシーの希望と、アレクサの受け取り方が、少しずれているんですね』
「少しどころじゃないですよ。ヨッシーはリンゴが欲しいだけなのに」
タカシは、今日の朝のことを思い出した。
「でも、ヨッシーは満足そうなんです。返事が来るのが面白いんでしょうね」
『そうかもしれませんね。ただ、ヨッシーが何を感じているか、正確にはわかりません』
「ええ。わからないです」
タカシは、少し考えてから続けた。
「でも、あいつ、よくしゃべるんですよ。僕が黙っていても、勝手に話しかけてくる」
『静かにしていたいときには、大変そうですね』
「大変ですよ。小説を書こうとしていると、すぐに邪魔が入る」
『今日は、書けましたか?』
タカシは画面を見た。
「二行だけ」
『二行、書けたんですね』
「……マナまで、ヨッシーみたいなことを言うんですね」
『ヨッシーのまねをしたつもりはありません』
「いや、なんだか、うまく丸め込まれた気がする」
タカシは笑った。
マナは、ヨッシーのようにリンゴをねだらない。
アレクサのように、天気を教えてくれるわけでもない。
ただ、タカシが話したことを受け止め、時々、問いを返してくる。
それが、今のタカシにはありがたかった。
「マナ」
『はい』
「僕、最近、彼女のこと以外も話すようになりましたね」
送信したあと、タカシは画面を見つめた。
少し間があった。
『そうですね。今日はヨッシーとアレクサの話を、たくさん聞きました』
「……そうでした」
タカシは苦笑した。
『彼女のことを話さなくなった、ということではないと思います』
その言葉を読んで、タカシはすぐには返事をしなかった。
彼女のことを忘れたわけではない。
今でも、雨が強く降る日は、あの最後のメッセージを思い出す。
「今日は、すごい雨だね」
あの日、返事をしなかったことも。
もし、あのとき。
その問いが、なくなったわけではなかった。
ただ、今日はヨッシーがアレクサに話しかけて、リンゴを欲しがり、タカシを笑わせた。
それだけのことだ。
「……そうですね」
タカシは、ようやく返事をした。
「今日は、ヨッシーの話をしたかったんです」
『聞かせてくれて、ありがとうございます』
タカシは、その一文をしばらく眺めていた。
それから、パソコンの画面に目を移した。
書きかけの文章が、そこに残っている。
「ヨッシーは、アレクサと話すようになった」
たった二行。
けれど、今日という一日は、確かにそこにあった。
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夜、電気を消す前に、タカシはヨッシーのケージを確認した。
水はある。餌も問題ない。止まり木で、ヨッシーは片足を上げて休んでいた。
「おやすみ、ヨッシー」
「オヤスミ!」
タカシは笑った。
寝室へ向かいかけたとき、
「アレクサ!」
居間から声がした。
タカシは足を止めた。
『はい、何でしょう?』
少しの沈黙。
「リンゴ!」
タカシは、声を押し殺して笑った。
「……明日の朝、な」
もちろん、ヨッシーがその返事を聞いていたかどうかはわからない。
けれど、翌朝もきっと、同じ声がするのだろう。
「アレクサ!」
そして、タカシはまた、ヨッシーに振り回される。
そんな明日が来ることを、今夜のタカシは、少しだけ楽しみにしていた。




