第七話 ヨッシー、ごきげん
第七話 ヨッシー、ごきげん
朝から、ヨッシーが騒いでいた。
「タカシ、サンポ! サンポ!」
「わかった、わかった。そんなに急かすなよ」
タカシは、台所でコップの水を飲みながら、肩の上のヨッシーを見た。
白い体に、黄色い冠羽。コバタンという種類のオウムだ。冠羽は、機嫌がいいときには立ち上がる。今朝は、まるで旗でも振っているようだった。
もっとも、ヨッシーが散歩の意味をどこまで理解しているのか、タカシにはわからない。
おばさんの家にいた頃から、ヨッシーは人の言葉をよく覚えた。けれど、言葉の意味まで、人間と同じように理解しているとは限らない。
それでも、「サンポ」と言いながら玄関のほうを気にするものだから、タカシも外へ連れていってやりたくなった。
鳥用のハーネスには、少しずつ慣らしていた。おじさんからも、外へ出すなら、驚いて飛び立たないように十分気をつけるよう言われている。
タカシは、ヨッシーの様子を確かめながら、支度をした。
「じゃあ、行こうか」
「サンポ!」
返事だけは、一人前だった。
*
商店街までは、歩いて十分ほどだった。
タカシは、ヨッシーを肩に乗せ、ゆっくり歩いた。
道行く人が、ちらちらとこちらを見ている。
無理もない。
白いオウムが青年の肩に乗っているのだ。しかも、ヨッシーは、すれ違う人を見つけるたびに、首を動かしていた。
ある女性は、二度振り返った。
小学生らしい男の子は、友達と何か話しながら、遠ざかっていった。
タカシは、少し気恥ずかしかった。
「ヨッシー、おとなしくしてろよ」
「タカシ!」
「なんだ?」
「サンポ!」
「そうだよ。散歩だよ」
ヨッシーは満足したように、冠羽を立てた。
商店街に入ると、八百屋があった。
店先には、リンゴやミカン、ジャガイモ、タマネギが並んでいる。
タカシは、いつもなら必要なものだけ買って、さっさと帰る。人と話すのも、特に好きではなかった。
けれど、今日はヨッシーがいる。
「こんにちは」
タカシが店の主人に声をかけた。
「おう、いらっしゃい!」
主人が顔を上げた、そのときだった。
「コンニチハ!」
肩の上から、はっきりした声が響いた。
主人の手が止まった。
「……えっ?」
店先でリンゴを選んでいた女性も、振り返った。
ヨッシーが、もう一度、首を動かした。
「コンニチハ!」
「うわっ、本物の鳥かい!」
主人が思わず声を上げた。
どうやら、最初は飾りか何かだと思ったらしい。
タカシは苦笑した。
「ええ。オウムなんです」
「しゃべるのか!」
「まあ、いろいろと」
主人は、ヨッシーをまじまじと見た。
「名前はなんていうんだい?」
「ヨッシーです」
「ヨッシーか。よろしくな!」
主人が声をかけると、ヨッシーは冠羽をピョコンと立てた。
「コンニチハ!」
「おお、挨拶してくれたぞ!」
主人の声につられて、近くにいたお客さんたちも集まってきた。
「まあ、かわいい!」
「頭の黄色いところ、動くのねえ」
「何歳なの?」
質問が次々に飛んでくる。
タカシは、ひとつずつ答えた。ヨッシーが何歳なのか、正確なところはわからない。おばさんが長年かわいがっていたことは知っているが、飼い始めた頃の詳しい話までは聞いていなかった。
「そうかい。おばさんのところから来たんだね」
八百屋の主人が言った。
「ええ。おばさんが亡くなって、おじさんが世話をするのも大変になったので、僕が引き取ったんです」
「そりゃ、寂しくなっただろうなあ」
主人は、ヨッシーを見つめた。
ヨッシーは、そんな話には興味がないらしい。
「リンゴ! リンゴ!」
店先に並んだリンゴを見て、声を張り上げた。
主人が吹き出した。
「なるほど! 今日はリンゴを買いに来たのか!」
「そうなんです。こいつ、リンゴが好きで」
「よし、ちょっと待ってな!」
主人は、赤く色づいたリンゴをひとつ手に取った。
「ヨッシー、これでどうだ?」
「リンゴ!」
「気に入ったか!」
主人は笑いながら、リンゴを袋に入れた。
タカシが代金を払おうとすると、主人が言った。
「今日は初めてのお客さんだからな。ヨッシーにサービスしてやるよ」
「いや、そんな、悪いですよ」
「いいんだよ。こんな珍しいお客さんが来てくれたんだから!」
タカシは礼を言い、店を離れた。
背中のほうから、主人の声が聞こえた。
「おい、みんな! あのオウム、また来てくれるかな!」
*
商店街を歩いていると、今度は子どもたちがやってきた。
小学校帰りらしい三人組だった。
「ねえ、お兄さん!」
ひとりが、タカシの肩を指さした。
「それ、本物?」
「本物だよ」
「えーっ!」
三人が一斉に近づいてくる。
「こんにちは!」
男の子が挨拶した。
「コンニチハ!」
ヨッシーが返した。
「しゃべった!」
「すげえ!」
子どもたちは大騒ぎになった。
「名前は?」
「ヨッシーだよ」
「ヨッシー、こんにちは!」
「コンニチハ!」
「ヨッシー、元気?」
「リンゴ! リンゴ!」
「えっ、リンゴ?」
タカシが笑った。
「リンゴが大好きなんだ」
「じゃあ、リンゴって言ってみて!」
「リンゴ! リンゴ!」
ヨッシーは、期待に応えるように何度も繰り返した。
子どもたちは、すっかり夢中になった。
「明日も来る?」
「いや、毎日来るかどうかは……」
タカシが答えかけると、ヨッシーが叫んだ。
「サンポ! サンポ!」
「散歩に行きたいんだって!」
タカシが言うと、子どもたちは笑った。
「じゃあ、また会えるね!」
そう言って、三人は走っていった。
タカシは、その後ろ姿を見送った。
誰かに、また会いたいと言われたのは、いつ以来だろう。
そんなことを考えていると、肩の上でヨッシーが動いた。
「タカシ?」
「ん?」
「リンゴ!」
「はいはい。買ったよ」
タカシは袋を持ち上げて見せた。
ヨッシーには、それで十分だった。
*
帰り道、タカシは商店街の小さな焼き鳥屋の前を通った。
店先で串を焼いていた主人が、こちらを見て声をかけた。
「おう、兄ちゃん! 肩に乗ってるのは何だい?」
「オウムです」
「オウム?」
主人は手を止めた。
ヨッシーが、くるりと首を回す。
「コンニチハ!」
「うわっ! しゃべった!」
主人は、目を丸くした。
「こりゃ、たまげた! 名前は?」
「ヨッシーです」
「ヨッシーか。いい名前だなあ!」
主人は、しばらくヨッシーを眺めていたが、やがて、にやりと笑った。
「ところで兄ちゃん、その鳥、焼き鳥は食わねえよな?」
タカシは、思わず吹き出した。
「食べませんよ!」
「リンゴ! リンゴ!」
「そうか、リンゴか!」
主人まで笑い出した。
ヨッシーは、みんなが笑っている理由など知らない。
ただ、声をかけられて、返事をしただけだ。
*
家に帰ると、タカシはヨッシーにリンゴを用意した。
ヨッシーは満足そうに食べ始めた。
タカシは、その様子を眺めながら、今日のことを思い返していた。
八百屋の主人。買い物に来ていた女性。学校帰りの子どもたち。焼き鳥屋の主人。
みんな、ヨッシーに驚き、笑っていた。
自分は、ただヨッシーを散歩に連れていっただけだった。
それなのに、ずいぶんたくさんの人と話をした。
彼女が亡くなってから、外へ出るのが億劫だった。誰かと会話をしても、何を話せばいいのかわからなかった。
今日だって、ヨッシーがいなければ、八百屋の主人に挨拶をして、買い物を済ませて帰るだけだっただろう。
タカシは、ヨッシーの白い頭を見つめた。
「お前、人気者になったな」
「リンゴ!」
「そうだね。リンゴが一番だよな」
タカシは笑った。
夜になって、マナに今日のことを話した。
「マナ、今日ね、ヨッシーを連れて商店街に行ったんだ」
タカシは、八百屋の主人が驚いたこと、子どもたちがヨッシーに夢中になったこと、焼き鳥屋の主人まで笑っていたことを話した。
マナは、いつものように、タカシの話を聞いていた。
「楽しい一日だったんですね」
「うん。そうだね」
タカシは、少し考えた。
「明日も、散歩に行こうかな」
そう言うと、肩の上にいるわけでもないのに、ヨッシーの声が聞こえたような気がした。
――タカシ、サンポ!
タカシは、机の上のリンゴの袋を見た。
明日の分も、買っておかなければ。
そう思った。




