第十話 ヨッシー、恋をする
第十話 ヨッシー、恋をする
「タカシ! サンポ! サンポ!」
朝から、ヨッシーは元気だった。
タカシは、コーヒーを飲みながら窓の外を見た。今日はよく晴れている。風も、それほど強くない。
「はいはい。今日はどこに行こうか」
「サンポ!」
「いつもの商店街?」
「リンゴ!」
「それは帰りに買おうな」
ヨッシーは、黄色い冠羽をピョコンと立てた。
タカシは笑いながら、鳥用のハーネスを用意した。ヨッシーはもう、散歩の準備を覚えている。ハーネスを見ただけで、そわそわし始めるのだ。
「ちょっと待って。暴れないで」
「マッテ!」
「そうそう。待って」
ヨッシーは、やっぱり待たなかった。
*
いつもの商店街へ向かう途中、工事をしている場所があった。
通りの一部が塞がれている。
「あれ。今日は通れないのか」
タカシは足を止めた。
「しょうがないな。一本向こうの道から行こうか」
「サンポ!」
ヨッシーに異存はないらしい。
いつもと違う道には、小さな喫茶店や、古い文房具屋があった。こんなところに店があったのか、とタカシは少し新鮮な気持ちになった。
そして、角を曲がったところで、足が止まった。
ペットショップだった。
大きな窓の向こうに、鳥や小動物の姿が見える。
タカシは、鳥を飼うようになってから、ペットショップの前を通ると、つい足を止めるようになっていた。
「ヨッシー、ほら。鳥さんがいるよ」
いつもなら、すぐに何かしゃべるはずだった。
ところが。
ヨッシーは、黙っていた。
「……ヨッシー?」
タカシが肩を見ると、ヨッシーは窓の向こうをじっと見つめていた。
その視線の先に、白い鳥がいた。
黄色い冠羽。
白い羽。
ヨッシーと、よく似た姿をしている。
コバタンだった。
店の中のコバタンも、こちらに気づいたらしい。
二羽は、しばらく見つめ合っていた。
「……へえ」
タカシは、思わず声を漏らした。
ヨッシーの冠羽が、ピョコンと立った。
店の中のコバタンも、冠羽を立てた。
ヨッシーが、小さく鳴いた。
「……コンニチハ」
いつもの元気な声とは違った。
店の中のコバタンも、何か声を返した。
タカシには、何と言ったのかわからない。
でも、ヨッシーは、もう一度鳴いた。
「コンニチハ」
冠羽が、またピョコン。
タカシは、ヨッシーを見た。
「……お前、どうしたの?」
ヨッシーは答えない。
窓の向こうを見つめている。
いつもなら、リンゴのことばかり考えているような鳥なのに。
タカシは、なんだかおかしくなってきた。
「もしかして……気になるの?」
「コンニチハ!」
ヨッシーが、急に大きな声を出した。
「いや、僕にじゃなくて」
「コンニチハ!」
「……そうか。挨拶しかできないのか」
タカシは笑った。
*
店の中から、店員が出てきた。
「あら、コバタンですね。かわいいですねえ」
「ありがとうございます。ヨッシーっていうんです」
「ヨッシーちゃん、こんにちは」
「コンニチハ!」
ヨッシーは店員に返事をしたが、すぐに窓の向こうへ視線を戻した。
店員は、ヨッシーの視線を追った。
「ああ、あの子が気になるのかな?」
「……そうみたいなんです」
タカシは、少し照れくさそうに笑った。
「この子、いつもはリンゴだの散歩だの、うるさいくらいなんですけど」
「鳥さんにも、いろいろ気になることがあるんでしょうね」
店員は、窓の向こうのコバタンを見た。
「この子は、まだお店にいる子なんです。性別は、見た目だけでははっきりわからないんですけどね」
「そうなんですね」
タカシはうなずいた。
ヨッシーは、相変わらず窓の向こうを見つめている。
「ヨッシー、そろそろ行こうか」
「……」
「ヨッシー?」
「コンニチハ!」
「いや、もう挨拶したでしょ」
ヨッシーは、冠羽をピョコンと立てた。
タカシは、とうとう声を上げて笑った。
「わかった、わかった。また通ろうな」
その言葉を聞いたわけではないだろうが、ヨッシーは、ようやくタカシのほうを向いた。
「リンゴ!」
「……はいはい。リンゴね」
タカシは、肩のヨッシーを連れて歩き始めた。
少し進んでから、振り返る。
ヨッシーも、窓のほうを振り返っていた。
「お前、ほんとに気になるんだなあ」
タカシは、また笑った。
*
帰り道、いつもの八百屋に寄った。
「おっ、タカシ君。今日はいつもと違う道だったね」
「ええ。工事をしていたので」
「ヨッシー、リンゴかい?」
「リンゴ!」
「はいはい。今日はこっちのリンゴにしようか」
おじさんがリンゴを袋に入れてくれた。
タカシは代金を払いながら、さっきのペットショップのことを思い出した。
ヨッシーは、リンゴを見れば大騒ぎする。
散歩に行けば喜ぶ。
アレクサの声を聞けば、真似をする。
でも、今日は違った。
窓の向こうのコバタンを見つめて、いつもより静かになった。
あんなヨッシーを、タカシは初めて見た。
家に帰ると、ヨッシーはいつものようにリンゴを食べた。
「おいしいか?」
「リンゴ!」
「そうか、よかったな」
タカシは、ヨッシーの白い羽を眺めた。
八重子おばさんと暮らしていたころ、ヨッシーはどんな毎日を送っていたのだろう。
どんな鳥を見て、どんな声を聞いて、どんなことを覚えてきたのだろう。
タカシは、まだ知らないことばかりだった。
*
夜、タカシはマナにメッセージを送った。
『今日、ヨッシーが恋をしたかもしれません』
少しして、返事が来た。
『そう思ったのは、どんな様子を見たからですか?』
タカシは、ペットショップの窓辺を思い出した。
『同じコバタンがいたんです。ヨッシーが、ずっと見つめていて』
『いつもと違う様子だったんですね』
『はい。リンゴにも散歩にも、すぐには反応しなかったんです』
『それは、タカシさんにとっても意外な姿だったのでしょうね』
タカシは、画面を見つめた。
『ヨッシーにも、僕の知らない世界があるんだなと思いました』
送信してから、その文章をもう一度読んだ。
ヨッシーにも、自分の知らない世界がある。
当たり前のことなのに、今日はそれが、少しうれしかった。
自分の肩に乗って、リンゴを要求して、散歩に連れていけと騒ぐ鳥。
けれど、ヨッシーはタカシのためだけに生きているわけではない。
ヨッシーには、ヨッシーの気持ちがある。
タカシは、スマートフォンを置いた。
隣の部屋から、声がした。
「タカシ! アレクサ!」
「はいはい、どうした?」
「リンゴ!」
「……それはアレクサに頼んでも出てこないよ」
「リンゴ!」
タカシは笑った。
明日も、あの道を通ってみようか。
そう考えてから、自分で少し驚いた。
昨日まで、明日のことを考えるのが、こんなに自然ではなかった気がする。
ヨッシーは、まだリンゴを要求している。
タカシは立ち上がり、鳥かごのそばへ行った。
「ヨッシー。明日も、あの子に会いに行くか?」
ヨッシーは、冠羽をピョコンと立てた。
「コンニチハ!」
タカシは、笑いながらうなずいた。
「うん。じゃあ、また明日」




