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『After Forever―永遠の、その先 』タカシとヨッシー、再生の物語  作者: 若村崇


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第二十話 想い出の、立て直し

第二十話 想い出の、立て直し



「ママ?」


朝の支度をしていたタカシは、手を止めた。


「ママ、ママ」


ヨッシーは、いつもの止まり木から降りて、部屋の奥を眺めていた。


「どうした、ヨッシー?」


「ママ?」


タカシは、すぐには答えられなかった。


ヨッシーが、やえ子おばさんを「ママ」と呼んでいたことは知っている。


子どものころから、何度も聞いてきた言葉だ。


けれど、タカシの家に来てから、ヨッシーがこんなふうに繰り返すことはなかった。


「……ママ、探してるの?」


「ママ、ママ」


ヨッシーは、タカシを見上げた。


タカシは椅子を持ってきて、ヨッシーのそばに腰を下ろした。


「ヨッシー。ちょっと、お話ししようか」


ヨッシーは首を傾けた。


「ママはね、やえ子おばさんのことだよね」


「ママ?」


「そう。やえ子おばさん」


タカシは、ゆっくりと言葉を選んだ。


「ママはね、亡くなったんだよ」


ヨッシーは、何も答えなかった。


「亡くなるっていうのはね……もう、ここには帰ってこられない、ということなんだ」


自分で口にしてみると、その言葉は思っていた以上に重かった。


「ママは、もう、おうちには帰ってこないんだよ」


ヨッシーは、部屋の奥を見つめていた。


いつもなら、何かしら言葉を返してくる。


けれど、今は黙っていた。


タカシには、ヨッシーが何を考えているのか、わからなかった。


人間のように、死というものを理解できるのか。


いつもいた人が、もう戻ってこないということを、どこまで感じ取れるのか。


タカシには、確かなことは何ひとつ言えなかった。


それでも、説明を途中でやめる気にはなれなかった。


「ヨッシーは、ママと、ずっと一緒に暮らしていたんだよね」


「ママ!」


「うん。ママだね」


タカシは頷いた。


「毎日、ご飯をもらって、一緒に遊んで、お話しして。いっぱい、いいことがあったんだろうね」


ヨッシーは、翼を少し広げた。


「ママ、ママ」


「そうだね。ママだね」


タカシは、ヨッシーの言葉を否定しなかった。


「ママは、ヨッシーのことが大好きだったんだよ」


そう言ってから、タカシは少し考えた。


自分は、どれくらい知っているのだろう。


やえ子おばさんが、ヨッシーとどんな毎日を過ごしていたのか。


どんな言葉を教えて、どんなときに笑って、どんなふうに叱ったのか。


知っているつもりでいたことも、実は、ほんの一部分だったのかもしれない。


「ねえ、ヨッシー」


タカシは、静かに続けた。


「ママと一緒にいたときのこと、タカシにも教えてくれる?」


「タカシ、オハヨ!」


思いがけない返事に、タカシは笑った。


「そうか。朝の挨拶か。ママにも、毎朝、言ってたのかな」


「オハヨ!」


「うん。おはよう」


タカシは、ヨッシーの頭をそっと撫でた。


「ママのこと、忘れなくていいんだよ」


ヨッシーは、目を細めた。


「ママ、ママ」


「うん。忘れなくていい」


タカシは、もう一度、同じ言葉を口にした。


忘れなくていい。


その言葉は、ヨッシーに向けたものだった。


けれど、タカシ自身にも、必要な言葉だったのかもしれない。


大切な人を失うと、その人のことを思い出すたびに、胸が痛むことがある。


だからといって、思い出さないようにしてしまったら、その人と過ごした時間まで、遠くへ押しやってしまうような気がする。


忘れたいわけではない。


ただ、思い出すことが、いつまでも苦しいままなのも、つらかった。


タカシは、ゆっくりと息を吐いた。


「ヨッシー。タカシも、ママのこと、覚えているよ」


ヨッシーは、タカシを見つめた。


「ママは、ヨッシーを大事にしてくれた。タカシも、子どものころから、ヨッシーのことを知ってる」


「リンゴ!」


「……ああ、リンゴか」


タカシは、思わず吹き出した。


「そうだね。リンゴも、ママとの想い出なのかな」


ヨッシーは、もう一度、はっきりと言った。


「リンゴ! リンゴ!」


「はいはい。わかったよ」


タカシは立ち上がり、台所へ向かった。


リンゴを洗い、食べやすい大きさに切る。


いつもの朝と、何も変わらない作業だった。


けれど、今日は少し違っていた。


タカシは、リンゴを切りながら、やえ子おばさんの家で過ごした子どものころを思い出していた。


ヨッシーが、初めて自分の名前を呼んだとき。


「タカシ」と言われて、面白がって何度も話しかけたこと。


やえ子おばさんが笑いながら、「この子、タカシのことが好きなのね」と言ったこと。


あのころは、そんな時間が、ずっと続くような気がしていた。


当たり前にあるものは、当たり前に続く。


子どものころのタカシは、そんなふうに思っていたのかもしれない。


けれど、時間は止まらない。


人は年を取り、暮らす場所が変わり、いつか、いなくなる。


それでも、一緒に過ごした時間まで、なくなってしまうわけではない。


「ヨッシー、お待たせ」


タカシがリンゴを差し出すと、ヨッシーは嬉しそうに近づいた。


「リンゴ! リンゴ!」


「おいしいか?」


ヨッシーは、夢中でリンゴをついばんでいる。


タカシは、その様子を眺めた。


やえ子おばさんも、こうしてヨッシーにリンゴをあげていたのだろう。


何度も、何度も。


特別な日だけではなく、ごく普通の日に。


その一つひとつを、やえ子おばさんは、いちいち想い出にしようとは思っていなかったはずだ。


ただ、ヨッシーと暮らしていた。


それだけのことだったのだろう。


そして今、タカシがヨッシーと暮らしている。


リンゴを用意して、掃除をして、話しかけて。


ときには、こちらの話など聞いていないような顔をされる。


「……ヨッシー。ママのお話、またしようね」


タカシが声をかけると、ヨッシーは顔を上げた。


「タカシ、オハヨ!」


「いや、もう朝の挨拶はしたよ」


タカシは笑った。


「まあ、いいか。何度言われても、おはようだね」


ヨッシーは、またリンゴを食べ始めた。


タカシは、スマートフォンを手に取った。


マナに、今日のことを話そうと思った。


けれど、何から書けばいいのか、すぐには決まらなかった。


ヨッシーが、ママを探していたこと。


自分が、やえ子おばさんのことを説明したこと。


そして、自分自身も、やえ子おばさんとの時間を思い出していたこと。


しばらく考えてから、タカシは文字を打ち始めた。


『今朝、ヨッシーが、ママ、ママって呼んだんだ』


そこまで書いて、少し手が止まった。


『やえ子おばさんは、もう帰ってこないんだよって、説明した。ヨッシーがどこまでわかったのかは、わからない。でも、ちゃんと話しておきたかった』


タカシは、画面を見つめた。


『話していたら、自分も、やえ子おばさんとのことを思い出した。忘れたくないことが、まだ、たくさんあるんだな』


送信ボタンを押す。


ヨッシーが、また声を上げた。


「リンゴ!」


「はいはい。まだあるよ」


タカシは、ヨッシーのそばへ戻った。


悲しみがなくなったわけではない。


やえ子おばさんが帰ってくるわけでもない。


それでも、タカシは、少しだけ思った。


想い出は、しまい込んでおくものばかりではないのかもしれない。


誰かに話すことで、もう一度、目の前に現れることもある。


そして、その想い出を抱えたまま、新しい毎日を始めることもできる。


「ヨッシー、明日もリンゴを食べような」


「リンゴ! リンゴ!」


「うん。約束だ」


タカシは、笑った。


窓の外では、いつもと変わらない一日が始まっていた。


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