第十八話 また会えたね
第十八話 また会えたね
その日も、タカシはヨッシーと散歩に出かけた。
十月の風は、少しずつ冷たくなっている。
「サンポ! サンポ!」
ヨッシーは、いつもどおり元気だった。
「はいはい。今日はどこまで行こうか」
タカシが声をかけると、ヨッシーは冠羽を立てた。
そして、いつもの角を曲がったところで、急に声を上げた。
「コンニチハ!」
ペットショップだった。
タカシは、足を止めた。
先日、この店の人から聞いた話を思い出す。
ヨッシーが気にしていた、あの白い鳥。
新しい飼い主が決まり、その日、お迎えが来ることになっていた。
もう、会えないかもしれない。
そう思いながらも、タカシはヨッシーと一緒に、いつものように店の前を通った。
ところが。
ガラスの向こうに、見覚えのある白い羽があった。
黄色い冠羽。
あの鳥だった。
「あれ……?」
タカシは、思わず立ち止まった。
ヨッシーも、ガラスの向こうをじっと見つめている。
「コンニチハ!」
いつもの声だった。
すると、相手の鳥が顔を上げた。
「……コンニチハ」
タカシは、目を丸くした。
「えっ、戻ってきたの?」
ちょうど店内にいた店員が、こちらに気づいて出てきた。
「ああ、ヨッシーちゃん。今日も来てくれたんですね」
「すみません。あの子、もう新しいおうちに行ったんじゃなかったんですか?」
タカシが尋ねると、店員は少し困ったような顔をした。
「ええ。一度はお迎えいただいたんですけど……」
店員は、言葉を選びながら説明してくれた。
新しい飼い主は、鳥を大切に迎えようとしていた。
住む場所を整え、食事も用意して、できるだけ安心して過ごせるように準備していたという。
ところが、鳥は新しい環境になじめなかった。
ごはんを食べず、水も飲まなくなってしまったのだ。
飼い主は心配して、すぐに相談した。
その結果、無理に新しい環境で暮らさせるより、いったん店に戻すことになったのだという。
「飼い主さんも、ずいぶん悩まれたようです。かわいがるつもりで迎えてくださったんですけどね」
「そうだったんですか……」
タカシは、ガラスの向こうの鳥を見た。
新しい家で、幸せに暮らしてほしい。
そう願っていたのは、店の人も、迎えた飼い主も、同じだったのだろう。
それでも、うまくいかないことがある。
人間だって、新しい場所に慣れるまでには時間がかかる。
鳥なら、なおさらなのかもしれない。
「今は、もう食べられるようになったんですか?」
「はい。少しずつですが、食べています。水も飲んでいますよ。念のため、鳥を診られる獣医師にも相談しています」
タカシは、ほっと息をついた。
「よかった……」
その声に反応したのか、ヨッシーが冠羽を立てた。
「コンニチハ!」
相手の鳥も、こちらを見ている。
二羽は、しばらく向かい合っていた。
ヨッシーが、もう一度声をかけた。
「コンニチハ!」
「コンニチハ」
今度は、相手の鳥も、はっきりと声を返した。
タカシは、思わず笑った。
「ヨッシー、また会えたね」
ヨッシーは、タカシの言葉には答えず、ガラスの向こうを見つめている。
何を考えているのだろう。
久しぶりに会えたと思っているのか。
それとも、ただ、いつもの相手がそこにいることを確かめているだけなのか。
タカシにはわからなかった。
ヨッシー自身にも、きっと説明できないだろう。
でも、今はそれでよかった。
「また、会いに来ようね」
タカシは、そう言った。
店員は微笑んだ。
「ええ。いつでもどうぞ。ただ、この子の体調や様子を見ながら、ゆっくり見守ってあげてくださいね」
「わかりました」
タカシは頭を下げた。
ヨッシーは、もう一度だけ声を上げた。
「コンニチハ!」
相手の鳥が、首を傾けた。
それから、タカシとヨッシーは、いつもの散歩道へ戻っていった。
しばらく歩いたところで、ヨッシーが騒ぎ始めた。
「リンゴ! リンゴ!」
「はいはい。帰ったらあげるよ」
タカシは笑った。
さっきまで、再会の場面を見守っていたというのに、ヨッシーの頭の中は、もうリンゴでいっぱいらしい。
「ヨッシー、君は本当に……」
その先の言葉が、続かなかった。
タカシは、ふと、空を見上げた。
人には、人の事情がある。
鳥には、鳥の事情がある。
大切に思っていても、うまくいかないことがある。
それでも、もう一度会えることもある。
タカシは、そんなことを考えながら、歩き続けた。
家に帰ると、ヨッシーは、いつもの場所でリンゴを待っていた。
「リンゴ! リンゴ!」
「はいはい。今日は、いいことがあったね」
タカシは、小さく切ったリンゴを用意した。
ヨッシーは、嬉しそうに食べ始める。
その姿を見ながら、タカシは思った。
明日も、あの店の前を通ってみよう。
もちろん、相手の鳥がそこにいるとは限らない。
いつか、本当に新しい家が見つかるかもしれない。
そのときは、また会えなくなるのだろう。
でも、今日、また会えた。
それは、それでよかった。
「ヨッシー」
「……リンゴ!」
「うん。リンゴ、おいしいね」
タカシは笑った。
明日のことは、明日になってから考えよう。
今は、ヨッシーと一緒に、今日の続きを過ごせばいい。
窓の外では、秋の陽がゆっくりと傾いていた。




