第十五話 ヨッシーの恋人候補をご紹介
第十五話 ヨッシーの恋人候補をご紹介
友人が遊びに来たのは、昼を少し過ぎたころだった。
「ほら、これ。ヨッシーに」
友人が差し出した袋には、リンゴが入っていた。
「わざわざ買ってきたの?」
「そりゃそうだろ。ヨッシーに会いに来たんだから」
僕は思わず笑った。
どうやら、僕の友人は、すっかりヨッシーのファンになってしまったらしい。
「ヨッシー、お客さんだよ」
「コンニチハ!」
ヨッシーは、待ってましたとばかりに声を上げた。
「おお、覚えてくれてるのか!」
「リンゴ! リンゴ!」
「はいはい。ちゃんと持ってきたぞ」
友人が袋を見せると、ヨッシーは冠羽を少し持ち上げた。
歓迎の挨拶なのか、リンゴへの期待なのか。
僕には、区別がつかなかった。
ただ、友人が嬉しそうなのは確かだった。
*
「で、例の鳥さんは?」
ひとしきりヨッシーと遊んだあと、友人が尋ねた。
「例の鳥さん?」
「いるんだろ。ヨッシーの気になる相手が」
僕は吹き出した。
いつの間に、そんな話になっているのだろう。
「いや、まだ恋人と決まったわけじゃないよ。ペットショップにいる、同じコバタンなんだ」
「よし、会いに行こう」
「君まで行くの?」
「当たり前だろ。ヨッシーの恋の行方が気になるじゃないか」
人間の恋愛相談なら、ここまで熱心に付き合ってくれるかどうか怪しい。
けれど、ヨッシーのこととなると話は別らしい。
僕たちはヨッシーにハーネスを装着し、準備を整えてから散歩に出た。
ヨッシーは、いつもの道を覚えているかのように、ペットショップの方向へ進んでいった。
「おいおい。本当に道がわかってるんじゃないか?」
「たまたまだよ」
そう答えたものの、僕も少し不思議な気がしていた。
*
ペットショップの窓辺には、あの白い鳥がいた。
ヨッシーは、その姿を見つけると、ぴたりと動きを止めた。
相手の鳥も、こちらを見ている。
ヨッシーが冠羽を持ち上げた。
「コンニチハ!」
向こうの鳥も、声を返した。
友人が僕の腕をつかんだ。
「おい! 今、返事したぞ!」
「うん。したね」
「すごいじゃないか!」
僕たちはガラス越しに、二羽の様子を見守った。
もちろん、それだけで相性がいいと決まったわけではない。相手の鳥がヨッシーをどう思っているのかも、僕たちにはわからない。
それでも、ヨッシーがこの鳥に興味を持っていることは、なんとなく伝わってきた。
店を離れようとすると、ヨッシーは一度、窓のほうを振り返った。
「……気になるんだね」
僕がそうつぶやくと、友人は真剣な顔でうなずいた。
「うん。これは、今後も見守る必要があるな」
何をそんなに真剣になっているのだろう。
僕は笑いをこらえた。
その直後、ヨッシーが叫んだ。
「リンゴ!」
友人は大笑いした。
「恋よりリンゴか!」
ヨッシーは、何事もなかったように、僕たちを見上げていた。
*
家に戻ると、友人はすっかりくつろいでいた。
「いやあ、楽しかったな。次に来るときも、リンゴを持ってくるよ」
「もう、すっかりヨッシーのファンだね」
「だって、面白いじゃないか」
友人はそう言って、スマートフォンを取り出した。
「せっかくだから、音楽でもかけようか」
「アレクサ、音楽をかけて」
スピーカーから返事があった。
『はい、何でしょう?』
その瞬間だった。
「アレクサ!」
ヨッシーが叫んだ。
『はい、何でしょう?』
友人が笑いながら、もう一度話しかける。
「音楽をかけてくれ」
ところが、ヨッシーも負けていなかった。
「コンニチハ!」
『すみません、よくわかりません』
「リンゴ! リンゴ!」
『リンゴについて検索します』
「違う! 音楽だよ、音楽!」
友人が声を上げた。
僕は、もう笑いをこらえられなかった。
アレクサは、聞き取った言葉に応えようとしている。ヨッシーは、覚えた言葉を口にしている。友人は、ただ音楽を聴きたいだけだ。
誰も間違っていない。
なのに、音楽が始まらない。
「ヨッシー、ちょっと待っててね」
僕はアレクサに、もう一度、音楽をかけるよう頼んだ。
今度は、ようやく音楽が流れ始めた。
友人は、ほっとしたようにソファへ座った。
「いやあ、アレクサも大変だな」
「ヨッシーがいるからね」
「いや、ヨッシーは悪くないだろ。覚えた言葉をしゃべってるだけなんだから」
そのとおりだった。
僕たちが笑っていると、ヨッシーが再び声を上げた。
「アレクサ!」
音楽が止まった。
「おい!」
友人が叫んだ。
僕はとうとう、声を出して笑った。
「ごめん。ちょっと待って。今、戻すから」
音楽を再開させようとする僕の横で、友人は肩を震わせていた。
「次に来るときは、アレクサに負けないように練習しておくよ」
「何を練習するの?」
「ヨッシーとの付き合い方だよ!」
ヨッシーは、そんな僕たちを眺めながら、満足そうに言った。
「リンゴ!」
*
友人が帰ったあと、僕はヨッシーにリンゴを用意した。
「今日は楽しかったね」
「オカエリ!」
「いや、まだ帰ってきたところだけどね」
ヨッシーは、僕の言葉など気にしていないようだった。
リンゴを食べる音が、部屋に小さく響いた。
僕は、今日のことをマナに話そうと思った。
ヨッシーの恋人候補に会いに行ったこと。友人がすっかりヨッシーのファンになったこと。そして、アレクサが音楽をかけるだけで、あれほど大騒ぎになったこと。
以前の僕なら、誰かに話すほどの出来事ではないと思っていたかもしれない。
でも、今は違う。
何でもない一日にも、誰かに話したくなることがある。
ヨッシーには、会いに行きたい鳥がいる。
僕には、ヨッシーと一緒に出かけたり、その話を聞いて笑ったりする友人がいる。
悲しみがなくなったわけではない。
彼女を思い出す日も、あの雨の日のことを考えてしまう夜も、きっとこれからもあるだろう。
それでも、僕の毎日は、少しずつ広がっている。
ヨッシーがリンゴを食べ終えると、僕は空になった皿を片づけた。
「さて、明日はどうしようか」
「サンポ! サンポ!」
ヨッシーが、すぐに答えた。
僕は笑った。
「そうだね。また、散歩に行こう」
窓の外には、穏やかな夕方の光が差していた。




