第十四話 ヨッシーと、坊ちゃんカボチャ
第十四話 ヨッシーと、坊ちゃんカボチャ
旅行の二日目。
朝、目を覚ますと、ヨッシーはすでに起きていた。
「タカシ、オハヨ!」
「おはよう、ヨッシー」
「リンゴ! リンゴ!」
「はいはい。朝ごはんだね」
いつもどおりの朝だった。
昨日はサービスエリアで知らない人に挨拶し、宿泊先でも友人を笑わせていたヨッシーだが、朝の要求だけは変わらない。
リンゴ。
それが、ヨッシーの揺るぎない信念らしい。
僕たちは、ヨッシーが落ち着いて過ごせるように環境を整え、朝食を食べに出かけた。
グランピング施設の朝食には、温かい蒸し野菜が並んでいた。
ジャガイモ、ニンジン、ブロッコリー。そして、小さなカボチャ。
「坊ちゃんカボチャだな」
友人が言った。
「甘くて、おいしいんだよね」
「そうそう。こういうのは、秋らしくていいな」
僕は、ほくほくした黄色い果肉を見ながら、ふと思った。
ヨッシーも、食べるだろうか。
もちろん、人間の朝食をそのまま与えるわけにはいかない。味付けしていないものを選び、十分に加熱して冷まし、種や皮を取り除く。鳥に与えてよい食材か確認したうえで、少しだけ試してみることにした。
僕は、ヨッシーの分をほんの少し用意した。
*
部屋に戻ると、ヨッシーは僕たちを出迎えた。
「オカエリ!」
「ただいま。ヨッシー、今日はお土産があるよ」
「リンゴ!」
「……まだ見せていないんだけどね」
友人が笑った。
「お前、もう完全に読まれているな」
「いや、読まれているのは僕のほうかもしれない」
僕は、小さな皿をヨッシーの前に置いた。
黄色いカボチャの果肉。
ヨッシーは、じっと見つめた。
いつものリンゴとは形が違う。
丸くもないし、赤くもない。黄色いところは似ているかもしれないが、どう見てもリンゴではなかった。
「これ、カボチャだよ」
僕が言った。
ヨッシーは、首を少し傾けた。
「……リンゴ?」
友人が吹き出した。
「おい! 黄色ければ全部リンゴなのか?」
「そんなことはないと思うけど」
「本人に聞いてみろよ」
「だから、今、説明しているんだよ」
僕は、もう一度、ゆっくりと言った。
「カ・ボ・チャ」
「カボチャ?」
ヨッシーは、皿の上の黄色いものを見た。
それから、慎重にひと口ついばんだ。
もぐもぐ。
止まった。
僕は、思わず身を乗り出した。
「どう?」
ヨッシーは、もうひと口食べた。
さらに、もうひと口。
友人が僕の顔を見た。
「……気に入ったんじゃないか?」
「そうみたいだね」
ヨッシーは、顔を上げた。
「カボチャ!」
僕たちは、顔を見合わせた。
「今、言ったよな?」
「うん。カボチャって」
「リンゴ以外の食べ物の名前も、覚えたのか!」
ヨッシーは、僕たちの声に反応したのか、また皿のほうへ顔を向けた。
「カボチャ!」
友人が笑い出した。
「おいおい、旅行に来て、食べ物の語彙が増えてるぞ!」
「これも、旅の成果かな」
「観光地を巡るより、食べ歩きのほうが向いているんじゃないか?」
僕も笑った。
ヨッシーが何を考えているのか、正確なところはわからない。
ただ、初めて食べたカボチャを、どうやら気に入ったらしい。
ほくほくした甘い味が、ヨッシーにも好ましかったのだろうか。
そう思うと、なんだかうれしかった。
*
しばらくして、ヨッシーが皿から顔を上げた。
「リンゴ!」
「……ああ、そうだね」
僕は笑った。
「カボチャもおいしかったけど、やっぱりリンゴが好きなんだね」
「リンゴ! リンゴ!」
友人は、あきれたように首を振った。
「新しい食べ物を発見しても、王者の座は揺るがないか」
「王者って、リンゴのこと?」
「ほかに何があるんだよ」
僕たちは、また笑った。
好きなものがひとつ増えたからといって、今まで好きだったものを忘れるわけではない。
ヨッシーにとって、カボチャは新しい発見だった。
でも、リンゴはリンゴなのだ。
それでいい。
*
その日の夕方、僕はマナに話しかけた。
「今日、ヨッシーが坊ちゃんカボチャを食べました」
『気に入ったようでしたか?』
「はい。最初はリンゴだと思ったのか、じっと見ていました。でも、食べたら、何度も食べていました」
『新しい味に出会えたのですね』
「そうですね。しかも、カボチャって言ったんです」
『言葉を覚えたのでしょうか。それとも、聞き慣れた音を繰り返したのでしょうか』
「どちらかは、わかりません。でも、僕たちは大喜びでした」
僕は、今日の朝食を思い返した。
温かい蒸し野菜。友人の笑い声。カボチャをついばむヨッシー。
たったそれだけの出来事だ。
でも、僕はその様子を思い出して、また笑ってしまった。
以前の僕なら、こんな出来事を、わざわざ誰かに話しただろうか。
きっと、話さなかったかもしれない。
けれど今は、話したいと思う。
ヨッシーが何を食べたか。どんな顔をしたか。どんな言葉を口にしたか。
そんな小さなことが、僕の一日の一部になっていた。
ふと、ヨッシーのほうを見る。
「タカシ、オハヨ!」
「もう夕方だよ」
「カボチャ!」
僕は笑った。
ヨッシーは、今日ひとつ、新しい味を知った。
そして僕も、気づかないうちに、以前とは違う毎日を知り始めていた。
明日も、何か新しいことがあるかもしれない。
ただし、ヨッシーが朝一番に要求するものだけは、たぶん変わらない。
「リンゴ! リンゴ!」
その声を聞きながら、僕は明日の朝食のことを考えた。




